匂いのハーモニーはどのように生まれるのか、従来の説を覆す発見:医療技術ニュース
九州大学は、匂いを嗅ぐ時に嗅神経細胞で生じる、多様な調節作用の仕組みを明らかにした。匂いの拮抗作用や相乗効果が、脳の中枢ではなく鼻の嗅神経細胞で生じていることを、生きた動物で実証した。
九州大学は2020年7月1日、匂いを嗅ぐ時に嗅神経細胞で生じる多様な調節作用(抑制性応答、拮抗作用、相乗効果)の仕組みを明らかにしたと発表した。同大学大学院医学研究院 教授の今井猛氏らと、日本学術振興会、理化学研究所との共同研究による成果だ。
哺乳類の鼻の中にある嗅神経細胞には、ヒトでは約400種類、マウスでは約1000種類の嗅覚受容体がある。この匂いセンサーである嗅覚受容体の組み合わせによって、多様な匂い分子を識別できると考えられている。
過去の研究では、匂い分子は複数の嗅覚受容体の「活性化パターン」として認識されているのではないか、また匂いの混合物は活性化パターンの「足し算」として認識されているのではないかと考えられてきた。しかし、こうしたモデルは生きた動物個体では十分に立証されていなかった。
今回の研究では、細胞内に流入したカルシウムイオンから興奮度合いを知るカルシウムイメージングの手法を用いて、嗅神経細胞でカルシウムセンサーを発現するトランスジェニックマウスの匂い応答を測定した。
その結果、嗅神経細胞の中には、匂い刺激に対して興奮するものの他に、刺激がなくてもある程度興奮しているものがあり、その中には匂いを嗅ぐことで興奮度合いが抑制されるものも多くあることが分かった。つまり、従来の説とは異なり、匂い分子は嗅覚受容体の「活性化」と「抑制」、両方のパターンによって認識されている可能性がある。
次に、同様の測定方法を用いて、匂い分子の混合物が嗅神経細胞でどのような反応を示すかを調べた。その結果、個々の匂い分子に対する応答よりも小さくなる「拮抗作用(阻害)」や、個々の匂い分子に対する応答の足し算よりもはるかに大きくなる「相乗効果(増強)」が確認された。
このような効果は、香料の調製では経験的に知られており、脳の中枢で生じると考えられてきたが、今回の研究により、末梢の嗅神経細胞で既に起きていることが明らかになった。
匂いのハーモニーは、これまで先人の経験のみに基づいて構築されてきた。今後、匂い分子と嗅覚受容体の相互作用の仕組みを生化学的に詳しく調べることで、匂いのハーモニーの合理的デザインが可能になり、香料開発に生かされるなどの発展が期待される。
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