リポソームでがん細胞だけに治療遺伝子を届ける、信州大学と東芝が新手法:医療技術ニュース(2/2 ページ)
信州大学と東芝は、がん細胞に選択的に遺伝子を伝達する「がん指向性リポソーム」を開発したと発表。東芝が独自に設計した100nmサイズのナノカプセルに、信州大学 教授の中沢洋三氏らが研究を進めるがん抑制遺伝子を内包して、治療対象となるT細胞腫瘍に選択的に同遺伝子を導入することに成功。マウスによる動物実験により効果を確認した。
マウスを使った動物実験でT細胞腫瘍への効果を確認
今回開発したがん指向性リポソームは、東芝が乳がんなどの診断用に開発した生分解性リポソームの技術がベースになっている。複数種類の脂質の組み合わせにより作成した約100nmサイズのナノカプセルになっており、内部に治療遺伝子を内包することができる。リポソームの脂質組成を制御することで、標的とするがん細胞だけに選択的に治療遺伝子を導入できる。がん細胞へのリポソームの取り込み量は、正常細胞への取り込み量と比べて33倍で、内包する治療遺伝子の発現量もがん細胞では正常細胞と比べて425倍に達する。
今回開発したがん指向性リポソームは完全に脂質で構成されておりタンバク質は使用していない。がん細胞に選択的に導入できるメカニズムについては「現在解析中だが、がん指向性リポソームの脂質の構成が、がん細胞の細胞膜の流動性にマッチしているのではないかと想定している」(東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 技監の菅野美津子氏)という。なお、共同研究に用いるがん指向性リポソームの脂質の構成については、数百種類に上る脂質の組み合わせから最適な効果が見込める候補を機械学習によって数種類に絞り込んだ。
信州大学の中沢氏との共同研究では、がん化したT細胞を血液中に投与したT細胞腫瘍マウスを用いた動物実験において、同氏が研究しているT細胞腫瘍の治療遺伝子を内包するがん指向性リポソームの投与によりがんの増悪を大きく抑制する効果を確認した。具体的には、がん指向性リポソームを投与しないマウスが11日目からがんの増悪が始まり21日目にはがんが全身に広がったのに対し、がん指向性リポソームを投与したマウスは11日目までがんの増悪が認められず、11日目の追加投与によって21日目時点でもがんの増悪を大きく抑えることができた。
中沢氏は「静脈に注射したがん化したT細胞はマウスの全身に広がっている。この状態であっても、がん指向性リポソームが選択的にがん化したT細胞に治療遺伝子を導入してがんの増悪を抑えたことはとても大きな成果だ」と強調する。なお、悪性リンパ腫の1つであるT細胞腫瘍の患者数は年間で200〜300人と少ないものの、治療後再発時の生存率は約10%と極めて低い。国内で薬事承認されたCAR-T細胞は、悪性リンパ腫のうちB細胞腫瘍が対象であり、T細胞腫瘍についてはまだ対応できていない状況だ。
CAR-T細胞を用いた遺伝子治療をより安価に
今回の共同研究ではT細胞腫瘍を対象に実験を行ったが、がん指向性リポソームの脂質の構成を変えることでさまざまながんに対応できる可能性がある。また、治療遺伝子の運搬プロセスで広く用いられているウイルスと比べてもさまざまなメリットがある。まず、ウイルスと異なり完全な化学合成品なので安定した品質で作成できる。そして、ウイルスによる運搬は感染のプロセスを応用しているため一定のリスクがあり、バイオセーフティの仕組みが必要だが、化学合成品のがん指向性リポソームには不要である。
現行のCAR-T細胞の課題としては、極めて高価なことが挙げられている。ウイルスを使わない化学合成品のリポソームであれば、試験回数が少なくて済み、バイオセーフティの仕組みも不要なのでより安価に実現できる可能性がある。
中沢氏は「運搬プロセスにウイルスを使うがんの遺伝子治療を次世代技術とすれば、ウイルスを使わない手法は次々世代技術に当たる。国内外で治験に入っている例はまだなく、今回の成果は一定レべル先行できているのではないか」と述べている。
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