半導体露光機で日系メーカーはなぜASMLに敗れたのか:モノづくり最前線レポート(2/2 ページ)
法政大学イノベーション・マネジメント研究センターのシンポジウム「海外のジャイアントに学ぶビジネス・エコシステム」では、日本における電子半導体産業の未来を考えるシンポジウム「海外のジャイアントに学ぶビジネス・エコシステム」を開催。半導体露光機業界で日系企業がオランダのASMLに敗れた背景や理由について解説した。
なぜASMLとニコンに違いが生まれたのか
ASMLとニコンの顧客(納入先)についてみると(2005〜10年)、ニコンは米国のインテルが半数近くを占め、次に東芝(2割程度)の順となっていた。一方、ASMLは韓国のサムスン電子(Samsung)が最も多く、ハイニックス(現SK Hynix)、TSMCが続く状況だった。
ニコンがメイン顧客とするインテルは、マイクロプロセッサを生産しているが、その製品は複雑なデザインとなっている。最終的に構成要素を合わせるチューニング能力を、インテル自身で持っているが、スペックが狭いことから、それに合わせて精密に作らなければならない。それだけに個別の要求に合わせた多様なパフォーマンスが必要だった。それに比べて、サムスン電子やTSMCはDRAM、ASICなどのより汎用的な製品を生産しており、差別化よりも使いやすさや、統一されたパフォーマンス(どの工場でも同じ製品をつくれなければならない)が重要となった。
露光機の各構成要素を見ると、ニコンの製品は投影レンズ系、照明系、制御ステージ、ボディー、アライメント、ソフトウェアまで、光源以外は自社で調達している。ASMLは投影レンズ、照明系はZeiss(カールツァイス)で、制御ステージはフィリップスなど、コンポーネントの全てを外注しソフトウェアだけ自社で担当した。
この結果、ニコンはコンポーネントの知識は豊富だが、調整能力を持つ顧客に力を注いだため、アーキテクチュラルナレッジ(コンポーネント間をつなぐ知識)が弱く、知識が蓄積されないという皮肉な結果となった。これに対して、ASMLは、顧客が後発組でもあったことから、製品の納品時に調整まで行うようになり、学習の機会が増え、アーキテクチュラルナレッジが蓄積していったといえる。
共同研究が多いASML、自前主義のニコン
さらに、20年分の学会論文の著者分類を行ったところ、ASMLは共同論文が多く、外部のサプライヤーだけの論文が多数みられる。ASMLに関する論文を外部企業が発表することは、自律的に開発分担したことを示している。一方、ニコンは単独論文が多く、共同論文、外部だけの論文はASMLと比べて大幅に少なかった。
これらの情報からも、ASMLはコンソーシアム、コンポーネント提供企業、露光機以外の製造企業との密接な連携により、個別の顧客対応よりも汎用品プラットフォーム作りを進めたことが見える。
このASML共著論文を詳しく見ると、特にベルギーの研究開発機関IMEC(Interuniversity Microelectronics Centre)との件数が多く、良好なパートナーシップを結んでいることが分かる。IMECはASMLと同じ1984年に設立された。現在、従業員数は2000人で、うち400人弱はコンソーシアムを構成する企業から派遣されている。日系メーカーからの派遣員もいる。年間予算は約3億3000万ユーロ(約430億円)で、基本的にCMOS、ヘルスケアとライフサイエンス向けのエレクトロニクス、ワイヤレスコミュニケーション、イメージセンサーなどテーマごとにR&Dを行っている。メンバーにはこうしたテーマ別のゼネラルメンバー制度を設けている。
田路氏によると、数十年前の主要デバイスメーカーは、ビジネスの優位性を保つために、他社よりも早く新しい製造装置を導入しようと買い求め始めた。そこでIMECは二番手クラスのデバイスメーカーと手を組んでオープンイノベーションとすることに狙いを定め(当時のTSMC)、この段階で露光機としては隣国のASMLを活用するケースが増えてきたという。やがて、デバイスメーカーがIMECの存在価値を認識し、オープンイノベーションのプログラムに参画するようになった。これにより、IMECの会員企業に占めるASMLが納品しているシェアは7割(2008〜2010年)を占めるようになった。IMECの非会員の同シェアは同4割弱であるだけに、この両者の関係は深く結びついていることが分かる。
日系企業も日本で半導体のコンソーシアムを作ったが、国際的な組織にはできずに、運営もうまくいかなかったという点もネガティブに働いた。
プラットフォーム化に負けたニコン
以上のことをまとめて、ASMLがなぜ成功したかについて、田路氏は以下の3つを挙げる。
- 構成要素を内製せずにシステムインテグレーターの役割に集中してきたため、サプライヤーへの仕様指示と性能評価か客観的であったこと
- コンソーシアムのプログラムを介して顧客や関係する企業と連携したこと
- 顧客が後発組で最終調整と顧客サポートをせざるを得なく、そこで知識、技術が蓄積されたこと
さらに、新しいアーキテクチャが浸透した(2008年以降)理由については「納品時の不具合に対し、改善する機会が多く、アーキテクチュラルナレッジを強化させたことや、多くの顧客が使いやすい汎用的なプラットフォームを確立できたことなどがある」と田路氏は述べている。
ニコンの停滞については「ほとんどの部品を内製化しているために、過去のアーキテクチャにこだわりやすく、唯一外注している光源と内製レンズの擦り合わせの際にも、同社の象徴的製品であるレンズの性能を引き出すことを優先させてしまった」と自前主義の課題を指摘する。さらに外部との連携がうまく進まなかったり、顧客が先発組で最終的調整やサポートの必要性がなかったりしたことで内部に知識が残らなかった。さらにカスタマイズにこだわり、汎用プラットフォームを確立できなかったことなども「理由としては大きかった」(田路氏)としている。
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