IoT時代におけるシステムズエンジニアリングの重要性:フラウンホーファー研究機構 IESE×SEC所長松本隆明(前編):IPA/SEC所長対談(3/3 ページ)
情報処理推進機構のソフトウェア高信頼化センター(IPA/SEC)所長を務める松本隆明氏が、ソフトウェア分野のキーパーソンと対談する「SEC journal」の「所長対談」。今回は、ドイツ フラウンホーファー研究機構 実験的ソフトウェア工学研究所(IESE)のイェンス・ハイドリッヒ博士とマーティン・ベッカー博士に、システムズエンジニアリングの有用性やインダストリ4.0への取り組みなどについて話を聞いた。
まずアーキテクチャをきちんと決めることが重要に
松本 そのあたりは非常に重要なパラダイム・シフトになるのではないかと思います。というのは、今のIoTというのは、いわば無原則に勝手にものがつながり始めてしまっている。
きちんとしたアーキテクチャを決めていかないと全体としての安全性やセキュリティが担保されなくなってしまう、ということが危惧されています。アーキテクチャをきちんと決め、しかも既存のものが参入しやすくしていきます。そういう仕組みが、非常に重要になってくると思います。
ハイドリッヒ 現在、ヨーロッパでは大規模なプロジェクトが行われています。EMCスクエア、EMC二乗と書くプロジェクトです。これは組込み型のマルチ・コアのシステムで、アーキテクチャに加えて、安全のためのエンジニアリングとセキュリティのためのエンジニアリングを含んだメカニズムになります。
私たちは、このプロジェクトにおいても、とくに安全、セキュリティを統合した形でエンジニアリングを行っていくという作業にかかわり、その部分をリードしています。
ベッカー 私どもにとって課題となるのは、単に安全とセキュリティの組み合わせにならない、というだけではなくて、やはりシステム自体がランタイムで変わっていく、複数のものがランタイムに統合されていく、一緒になっていくということが起きますので、そこでの品質保証やアシュアランスの考え方を変えていくということも必要になります。
ランタイムにおいて、フィールドでコンポーネントが組み合わされていくということになれば、エンジニアリングにおいても、全く新しい仕組みが必要になるということです。
松本 それは非常に難しいところですね。動的に、ダイナミックにアダプテーションしていくというのは、具体的にどういう仕組みで実現しようとされているのでしょうか。
ベッカー そのための専用のモデルがあります。そこで使われているのが、コンサートと呼ばれている技術で、これは、システムの挙動、システムのプロパティをモデル化するというものです。ランタイム中にシステム同士が組み合わさっていくというような場合に、全体のシステムのクオリティをシステム自身がチェックします。現在でもシステム開発中に使われるモデルというのがありますが、それをランタイムでも動かすということです。
システムがコンビネーションを変えていくときに、このモデルが必ず使われ、システム全体のプロパティに対して検証をするというような形を取れるようにします。
松本 そうすると鍵になってくるのは、システムをいかにうまくモデル化するかということでしょうか。
ハイドリッヒ おっしゃる通りです。そこで全体的な大きな課題であるモデルベースのシステムズエンジニアリングとか、モデルフロー型のシステムズエンジニアリングの話に戻ることになります。モデルベースのシステムズエンジニアリングというのは、システム単体だけをモデル化すれば良いか、というとそうではありません。システムに加えて、そのシステムが置かれているコンテキスト、周りの状態―その中には人間も含みますが―その全体をモデル化していくことが必要となります。
松本 システムズエンジニアリングが、最近色々な場面で注目され始めた理由は、やはりIoTによってシステムを取り巻く環境がダイナミックに変化しているためだと言えるでしょうか。
今回、私たちの主催するセミナーでお話しいただいている内容※)の中で、ドイツにおけるシステムズエンジニアリングの適用状況のご紹介をいただいていますが、端的に言って、ドイツではシステムズエンジニアリングの活用は、かなり進んでいるのですか。
※)イェンス・ハイドリッヒ博士、マーティン・ベッカー博士のSEC特別セミナー講演の模様、講演資料はこちらからhttp://sec.ipa.go.jp/seminar/20161024.html
ハイドリッヒ 多くの企業が、自分たちの目的に対してシステムズエンジニアリングがどう適用できるのかを検討しているとは言えます。私どもの調査の結果でも、大多数の企業が、将来的な課題に対して対処していくために、大変重要なトピックとして捉えていることが明らかになっています。
とくに中小企業において顕著です。彼らにとっては今後の大きな変化を意味することであり、システムズエンジニアリングに関しての能力を持つためには、そのリソースが限られているからです。
(次回後編に続く)
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