IoTは本物か?:坂村健×SEC所長松本隆明(後編):IPA/SEC所長対談(1/3 ページ)
情報処理推進機構 ソフトウェア高信頼化センター(IPA/SEC)所長の松本隆明氏が、ソフトウェア分野のキーパーソンと対談する「所長対談」。前編に続き、30年以上前からIoT時代の到来を予見してユビキタス・コンピューティングを提唱してきた東京大学の坂村健氏に、IoTの今後の方向性や可能性について聞いた。
本記事は、(独)情報処理推進機構 ソフトウェア高信頼化センター(IPA/SEC)が発行する「SEC journal」44号(2016年3月発行)掲載の「所長対談」を転載しています(対談時期:2016年1月15日)。
目先の利益にとらわれすぎる日本の研究開発
松本隆明氏(以下、松本) 今やIoTは、幻滅期を通り越してある意味で安定期に入って来たと言えないですか。
坂村健氏(以下、坂村) そう思います。しかし、そういう時にまたしても日本が乗れないわけです。理由は何かというと、地道にやらないからですね。どちらかというと、日本の開発会社全体が商社のようになっている。商社も必要だと思うけれど、開発会社がどんどん減ってしまっているわけだから、うまくいきません。やはり技術開発というのは、長い年月をかけ努力を続けない限りできない。そういう意味でいうと、今日本は駄目になってきています。
どうして駄目になったかというと、これは一例ですが、電電公社を分割したからじゃないですか。原点は、そこら辺にあるのではないか。電電公社は米国のDoDの役割をしていました。一社のまま事業をすれば、研究開発も支えられる。しかし、別会社にしてしまったらこれができない。どんどん分けていってしまうと、そこで競争するのはいいのですが、実際には競争どころか足を引っ張り合って、技術開発が停滞し、余裕がなくなって外国のものを買ってきた方が安い、ということになってしまいます。確かにビジネスだけを考えるとそうなるんです。
松本 目先の利益が出るものに、すぐ飛びついてしまいますからね。長期的な研究開発に投資するという発想には、なかなかならない。
坂村 そうですよね。だから駄目になって、国際標準づくりからもどんどん引き揚げてしまうし、研究投資もビジネスに近い投資しかしなくなる。昔はTRONなども「こういうのは重要だ」と思っていたからドネイションもあったけど、その後なくなった。TRONのように長期間かかって取り組む技術開発よりは、アメリカから買って来てすぐ売れるものに投資し始める。商社になってしまったら、そうですよね。今から研究開発して何年か経たなければ結果が出ないというものより、買って来てすぐ売れるものの方がいいとなってしまう。
松本 私自身、最近の企業の研究開発を見ていると、どうしても現場寄りの、すぐ使える技術、売り上げに直結する技術に走っていて、中長期的に進めたり、それをオープンにしていこうという発想がなくなっていると感じます。
坂村 日本の研究開発は何かが間違っている。ある程度の資金や実力のある人がいなければ、日本もここまでは来なかったとは思います。しかし、すべてが裏目に出ているような気がしますね。
IoTの考えに基づいた未来住宅を作る
松本 先生は、これまでTRON電脳住宅やトヨタ夢の住宅PAPIなどの開発を手がけられ、今度はLIXILと組んで、IoTハウスを作られると伺っています。住宅に注目されるのはどういう理由ですか?
坂村 住宅はIoTやユビキタス・コンピューティングがどういうことをやるのか、ということを分かりやすく示すことができるからです。身近にわかるIoTのショーケースとして非常にいい、と思っています。
更にいえば、実際に役に立つということです。最初のTRON電脳住宅の時は竹中工務店グループとやり、次はトヨタグループとやりましたが、今度のパートナーであるLIXILという企業は、前の二つの企業とは性格が違っていて、住宅のパーツを作っている会社です。私は思うのですが、住宅はパーツで作られていますから、パーツを作っている会社がIoTという感覚を身に付けた場合、与える影響力は非常に大きいということです。
どういうことかというと、建築会社やハウスメーカが作った場合は、すべて特注になってしまうんです。だからTRON電脳住宅にしてもPAPIにしても、非常に高かった。たくさん作らないからです。ところがLIXILは、室内ドアだけでも、年間何十万も作って売っているわけです。トイレも何十万個という規模です。そういう企業がIoTパーツを作り始めたら、サッシだって100万本くらい売っているわけですから、与える影響力が全く違います。もちろんコストも下がる。それはIoT化の、大きな起爆剤になるのではないかと思っています。
LIXILグループからIoT部品に賭けたいと言われ、ぜひお願いしたいと言われたので、喜んで協力することにしました。IoTの考えに基づいた未来の住宅部品を、来年立ち上げることを目標にして、今着々と研究を進めています。もちろん、私の研究所でやったものの知見もすべて入ります。この研究所でも、まだパーツを作ることはしていない。パーツを作って、そこにTRONのボードのコンピュータを入れたりするのではないんです。ソフトの研究をしたり、試作センサを付けてデータを取るといったことをやっているわけで、つまりセンサを作っているだけで扉を作っているわけではないんですね。しかし、LIXILとの開発は、OSより少し上のミドルウエアレベルぐらいで、住宅パーツの中に入れてしまおうと考えてやっているわけですから非常におもしろい。コストも大きく下がるでしょう。
松本 今までの建設会社などではできなかったことが実現しますね。
坂村 コストを下げようと思ったら、部品を工業化しない限り無理なんです。その可能性が大きく開けると思います。今、私が興味をもっていることは、さきほどのポバティ救済だけではなく、世界の人々にどういう影響を与えることができるかということです。その点では、部品レベルの活動をもっと強めなければうまくいかない。その意味で、LIXILとのプロジェクトに私は非常に期待しています。
松本 確かに、そういう形で組み込まれたものがパーツとして世の中に出回れば、本当にそれが広がって行きますね。色々なハウスメーカが、それを取り入れ組み合わせればいいだけの話になってくる。それはわかりやすいですね、非常に。おそらく自動車も、同じような道を辿っていくんじゃないかという気がしますが。
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