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IoT時代におけるシステムズエンジニアリングの重要性:フラウンホーファー研究機構 IESE×SEC所長松本隆明(後編)IPA/SEC所長対談(1/4 ページ)

情報処理推進機構のソフトウェア高信頼化センター(IPA/SEC)所長を務める松本隆明氏が、ソフトウェア分野のキーパーソンと対談する「SEC journal」の「所長対談」。今回は、ドイツ フラウンホーファー研究機構 実験的ソフトウェア工学研究所(IESE)のイェンス・ハイドリッヒ博士とマーティン・ベッカー博士に、システムズエンジニアリングの有用性やインダストリ4.0への取り組みなどについて話を聞いた。

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本記事は、(独)情報処理推進機構 ソフトウェア高信頼化センター(IPA/SEC)が発行する「SEC journal」48号(2017年3月発行)掲載の「所長対談」を転載しています(対談時期:2016年10月25日)。


⇒前編はこちら

システムズエンジニアリングが求める組織構造の変革

松本隆明氏(以下、松本) システムズエンジニアリングというのは、非常に幅広い概念で色々な領域にまたがっています。それを取り入れようとすると、相当なスキルや能力が必要になってきます。企業にとっては、負担が大きいのではないかと思います。

イェンス・ハイドリッヒ博士(以下、ハイドリッヒ) システムズエンジニアリングの能力を構築していくための努力はされつつありますが、おっしゃる通り、システムズエンジニアリングは、かなり幅広い意味を持つ概念です。一人の人間がすべての領域の知識を持つということを、考えるべきではなく、会社の中の様々な領域の仕事をしている人間が、お互いにインターフェースを持ち、お互いに議論をし、コラボレーションするというアプローチが必要だと思います。ハードウェアの製品をソフトウェアと統合していくということになれば、やはりソフトウェアのエンジニアはハードウェアの部分に関して理解が必要になり、反対に、ハードウェアのエンジニアたちがソフトウェアの部分を理解することも必要になります。

 私たちの時代、それは組織にとって大きな変革を意味します。様々な領域が相互に作用をしなければなりません。従来型の企業は、それぞれのプロセスが独立をし、いわゆる縦割りであったという状態が多かったのですが、それでは対応できません。

左から、フラウンホーファー研究機構 IESEのマーティン・ベッカー博士、IPA/SEC所長の松本隆明氏、イェンス・ハイドリッヒ博士
左から、フラウンホーファー研究機構 IESEのマーティン・ベッカー博士、IPA/SEC所長の松本隆明氏、イェンス・ハイドリッヒ博士

松本 単に技術的な問題だけでなく、組織的な変革も必要になってくるというのが、システムズエンジニアリングの考え方につながっていくということですね。

ハイドリッヒ その通りです。調査でも、組織的な変更管理が一番難しいということが明らかになりました。所長がおっしゃった通り、競争力を持つために―そのためには効率的なプロセスが必要になりますが―適切な組織構造が必要になります。単に技術的な方法論で済む話ではないのです。例えばボッシュ社は積極的にシステムズエンジニアリングを活用していますが、同社では、組織変革も積極的に行っています。ただ、多くの企業がその変革を始めるには、ある程度の時間がかかるでしょう。

 課題となるのは、適切な人材を見つけていくということです。それがなかなか難しいです。ドイツにおいては、ソフトウェア・エンジニア、またはソフトウェア・エンジニアリングの能力を持つ人の労働市場がかなり逼迫し、適材を確保するのは難しくなっています。

松本 それは非常に重要なポイントですね。まだ日本では、システムズエンジニアリングというと、やはり技術的な側面の議論が多くて、日本の企業に「システムズエンジニアリングを導入していますか」と聞いても、その答えの中には「はい、導入しています。私たちはSysMLで書いていますから」というものがあるのです。

マーティン・ベッカー博士(以下、ベッカー) やはりシステムレベルで重要になってくるのは、システムズエンジニアリングをきちんと、その会社のビジネス上の目標とつなげて考えていくということです。また、新たな製品の機能であるというような明確な牽引要因となるものが必要です。それによって、部門を超え領域を超えたコラボレーションが必要だ、となっていけば、そこからシステムをどう構造立てていけば良いのか、何が必要なのか、ということを決めていくことができるようになると思います。

 そのためには、まず、システムズエンジニアリングを行っていく、部門をまたがるチームを編成していくことになるかと思います。そして、時間が経つにつれて、必要とされるシステムズエンジニアリングの能力に基づいた組織編成に変えていく、というリオーガニゼーションを行っていくことだと思います。

松本 そもそもシステムズエンジニアリングという言い方が、あまり良くないのかもしれませんね。エンジニアリングというと、日本ではどうしても「工学」になってしまいます。システムズ・シンキング、システムズ・オリエンテッド・シンキングと捉えたほうが良いのかもしれない。

ベッカー 既に、システムズ・シンキングという考え方はあります。エンジニアたちはきちんとシステム全体のことを考えましょう、と。また、製品のスケールを考えましょう、という意味で、このシステム思考という言葉は使われています。そして、システムズエンジニアリングの中の一部に、このシステム思考というのがある、と考えられています。また、それと共にエンジニアリングには、システム・アーキテクチャ、システム・アーキテクト、またその役柄というものが必要になると言えると思います。

ハイドリッヒ 補足すれば、かなり早い段階から考え始めていくことが必要です。先程、ビジネスモデルの話も出ましたが、やはりビジネスモデルからかかわってくるということです。どういうチャンスがあるのか、ということを見出して、そのチャンスに対して必要な能力は何であるのか、と考えていく。そして、システムは、どういうアーキテクチャを持つことが必要なのか、と考えていく。そこがシステム思考ということだと思います。システム思考、システムシンキングにはベースの部分が必要であり、どういうオポチュニティーに対してやっていくのか、どういう方向性に向かっていくのかということが、基礎、根本になければならないと思います。

ベッカー 今、彼が言ったことは、本当にその通りだと思いますけれど、企業としては社内の組織のことも、きちんと考えていかなければなりません。その中では、ビジネスをやるマーケティングとエンジニアリングのチームが、お互いに話し合い、密な関係を持って協力作業をしていくことが必要です。ビジネス上のチャンスをきちんと手中にし、それを活用しながら、そこではベースとなる技術的なオポチュニティーが下支えしていなければならない、ということです。しかし、その両方を一人で考えるような役割は、現在の典型的な組織の中にはない状態ですから、いわゆるインターディシプリナリー、部門の垣根を超えた協力作業が必要になる、ということです。それをすることでチャンスを活かすことが可能になります。

ハイドリッヒ やはり企業が考えなければならないのは、これまでの確立されてしまっている、いわゆるサイロ型、縦割り型の組織の垣根を取り払って、お互いにきちんと議論ができるようなものにしていく、ということでしょう。

 イノベーションを行うためには、どこかのグループが単独で実現できるかと言えば、そうではありません。イノベーションを実現していくためには、技術的な専門知識も必要ですが、ビジネスの専門的な知識、つまり、どの方向に向かっていくのか、ということを見定めるための知識も必要になります。

松本 正に最近言われているように、IoT時代になってきたことによって、今までのクローズドなイノベーションでは、もう競争力がなくなってくる。オープンなイノベーションにしていかないといけない、ということですね。

ハイドリッヒ その通りです。

ベッカー そして、オープンなイノベーションというのも、大きな企業の中の、社内でやれるようなイノベーションだけではなく、組織の垣根を超えるようなものになってきている、と言えると思います。 実際に、私たちが提唱するスマートエコシステムという考え方を検討し始める企業の数も増えています。そこでは企業がプラットホームを提供し、外部の他社が、それに対して追加的にハードウェアのデバイスを提供したり、ソフトウェアのアプリケーションを提供したりするというような仕組みになります。

松本 お話を伺っていると、システムズエンジニアリングというものには、かなり広い意味があるという気がします。今までシステムズエンジニアリングというと、どちらかと言うと、How to makeが中心かと思っていたのですが、What to makeのところも領域の中に入ってくる、というイメージを持ちました。

ハイドリッヒ その通りです。

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