パワートレインに使える高耐熱のポリフタルアミド、スーパーエンプラと同等の性能:材料技術
オランダの化学大手DSMは、耐熱性や剛性を向上した自動車用ポリフタルアミド(PPA)の新製品「ForTii Ace(フォーティー エース)」を発表した。樹脂を使うのが難しかったエンジンやトランスミッション、電動パワートレイン向けに提案する。
オランダの化学大手DSMの日本法人ディーエスエムジャパンエンジニアリングプラスチックスは2017年8月3日、東京都内で会見を開き、耐熱性や剛性を向上した自動車用ポリフタルアミド(PPA)の新製品「ForTii Ace(フォーティー エース)」を発表した。樹脂を使うのが難しかったエンジンやトランスミッション、電動パワートレイン向けに提案する。
新製品は、高温環境下でも弾性や剛性、引っ張り強度を維持できるようにした。ガラス転移点(※1)は、スーパーエンジニアリングプラスチック(スーパーエンプラ)のポリエーテルエーテルケトン(PEEK)よりも高い160℃だ。エンジンオイルなどに対する耐薬品性もPEEKとそん色ない水準を確保した。
(※1)結晶性プラスチックの非結晶部分の分子が動き出す温度。一般的なポリアミド(PA)66の場合は80℃以下。融点は、結晶部分の分子も動き出す温度のこと。
フォーティー エースはDSMのオランダ工場で生産する。既に日系企業4社との共同開発をスタートさせており、ハイブリッド車向けのモーターや構造部材での採用が検討されている。2020年に発売するモデルに供給することを目指す。
「樹脂化はスピードダウンした」
ディーエスエムジャパンエンジニアリングプラスチックス 営業マーケティング本部 自動車統括部長の永田裕介氏は自動車の樹脂化について「ここ2〜3年、スピードダウンしている」と指摘した。
「樹脂に替えられる部分には既に樹脂が採用されている。樹脂化が進まない部分があるのは、採用できる材料がないからだ」(永田氏)と、樹脂材料の限界によって金属代替が進んでいないことを説明した。
DSM本社 グローバルマーケティングマネジャーのRalf Ponicki氏は「世界各国で強化されるCO2排出規制をクリアするには2025年までに車両を200kg軽量化する必要がある」と説明。同社の調査では、2010年は車両1台のうち6割が金属だったのに対し樹脂は16%程度で、150〜200kgにとどまるという。2030年には車両1台に占める金属の比率が50%まで下がり、樹脂の比率は25%まで増加する見通しだ。
今回発表したフォーティー エースは樹脂化が進んでこなかった部位に向けて耐熱性や剛性、耐薬品性を改善したものだ。永田氏は「多少コストが上がっても軽量化できるなら……と採用してもらえたのは昔の話。今はコストダウンと軽量化を両立しないと選んでもらえない」とコメント。金型や、ネジ穴など2次加工が必要な金属部品の製造コストと比較して、樹脂化と射出成型により20〜30%のコストダウンが図れると説明した。
カギは芳香族化合物の比率
フォーティー エースに、より高価なスーパーエンプラであるPEEKと同程度の耐熱性を持たせることができた要因は、芳香族化合物の比率を50%以上に増やしたことだという。従来の芳香族化合物の比率については明言しなかった。新製品はガラス転移点が高くなったことで、80〜160℃の温度域で長期耐熱性を発揮する。150℃の環境下では、弾性率が1万MPa、剛性は1万MPa以上、引っ張り強度は150MPaを維持する。なお、一般的なPAであるPA66は同じ環境で弾性率と剛性が10分の1に低下する。
従来の樹脂では125℃前後で機械的特性が大幅に低下していたため、新製品によって「エンジンルーム内の部品の多くを樹脂化することが可能になる」(ディーエスエムジャパンエンジニアリングプラスチックス 開発技術本部 自動車グループ 製品用途開発エンジニアの森岡雅士氏)。
フォーティー エースはPAの1種であるPA4TをベースとしたPPAで、価格は通常のPA4Tと同等か少し高い程度に抑えている。PAは耐薬品性や吸水性に課題があったが、これも解決している。新製品はpH1の強酸に対しPEEKの95%の耐酸性を確保(一般的なPA66の耐酸性はPEEKの2%)。エンジンオイルへの耐性も高い。また、吸水性が低いため、寸法が安定し、機械物性の変化も起こりにくい。吸水によるガラス転移点の低下も抑制している。
加工難易度が高く、寸法が安定しないスーパーエンプラに対し、許容成型範囲を大きく設定し、既存の射出成型機でも量産できるようにした。フォーティー エースは最大で320℃まで耐える性質で、加工時は340〜370℃まで加熱する必要がある。
ディーエスエムジャパンエンジニアリングプラスチックス 営業マーケティング本部 自動車メーカー統括マネジャーの川口勉氏は「パワートレイン自体の進化や電動化が進んでいるが、車両の軽量化による燃費改善効果が大きいのも事実。『燃費よりも走りの質感』とアピールする向きもあるが、厳しくなるCO2排出規制に対応していかなければならないのは変わらない。今まで樹脂化されていなかったパワートレインに手を付けるのであれば、樹脂を使うことを前提に熱などの設計も見直していく必要がある」と説明した。
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