ソニーのレンズスタイルカメラはなぜ生まれたのか:小寺信良が見た革新製品の舞台裏(1)(3/3 ページ)
新たなアイデアで注目を集めたソニーの“レンズだけカメラ”。そのアイデアはどこから生まれ、そしてそれを形にするにはどんな苦労があったのだろうか。革新製品の生まれた舞台裏を小寺信良氏が伝える。
2ラインアップ発売の狙い
小寺 今回、高倍率ズームのQX10と、裏面照射の1インチセンサーを使ったQX100の2モデルで展開するというのは、最初から考えていたことですか。
玉川氏 2モデル展開は最初から考えていました。実はそこに至るまで、スマートフォンのユーザーを徹底的に調査しました。その中で見えてきたのが「スマホのカメラで写真の楽しさを覚えた」や「以前はコンパクトデジカメを持っていたけど今はスマホです」という人が、多くいるということです。
そういう人々がスマホで撮影する中で「やっぱりズームが欲しい」や「暗いところの画質が悪い」という思うようになってきました。例えば結婚式に行ったときに新郎新婦がズームで写せない、かといってデジタルズームは汚い、という経験をするわけです。それをみんなにシェアするのはなんか違うよね、という流れです。
そういう人々に「この商品はそういうときに使うカメラなんですよ」というところを打ち出したかった。だからQX100は暗所でもきれいに撮れます、QX10は高倍率でも画質は落ちません、という2モデルで行くというのは、最初からブレていません。
スマホは全ての入り口
小寺 QXシリーズとほぼ時期を同じくして発売されたスマートフォン「Xperia Z1」は“カメラがすごい”というのがウリになってます。こういう傾向を、デジカメのチームはどう見ているんですか。
玉川氏 スマホというのは全ての入り口だと考えています。そこでカメラはこんなに楽しいな、いっぱい撮ってシェアしようというきっかけになると思っています。スマホはいろんなことができる製品ですが、それでもできない部分が出てきます。そのうちの1つとして、ズームや暗所でも美しく撮影するという部分は、しっかりわれわれでフォローしていくというのがいいのかなと思っています。
恐らくスマートフォンにQX10やQX100クラスのレンズが入るというのは当分ないと思うので、ユーザーがこういうのを撮りたいとか、ここに不満があるよというところにフォーカスして、サポートしていける商品を作るという方針は変わらないですね。
小寺 逆に言うと、自社でもスマートフォンを作っている関係もあるから、スマートフォンに寄り添ったカメラを作るというのは、商品企画者としては話が通しやすい面もありますか。
玉川氏 ソニーモバイルコミュニケーションズとは1つの会社になりましたし、密に連携を取っています。意見交換であったり、アイデアを話したりというのは今回も実際にありました。ただ、それでソニー内での囲い込みに走るのではなく、iPhoneやGALAXYなど、広く多くのスマホユーザーに使ってもらえる商品にまとめ上げられたのはよかったことだと考えています。
“離して使うもの”というコンセプトも
小寺 ユーザーの使い方で、反響や反応、想定していない使い方はありますか。
玉川氏 想定していたより“離して使う”ということが評価を受けたというのが意外でした。実は、最初から“離して使うもの”という奇抜なコンセプトでいくという案もあるにはあったんですが、どうしても説明が難しくなります。そこで「これって何? 」と言われたときに、「スマホとくっつけるカメラだ」と分かることを優先したという経緯があります。
離して使えるということは訴えてはいましたが、それがどれだけ受けるのかというのは実は企画としては内心不安なところはありました。しかし、多くの撮影映像がインターネットなどでアップされているのを見て、違った楽しさというのを1つ提案できたのかなというのは感じています。ハイアングル、ローアングル、地面に置いて上からみんなでのぞき込んで顔を写したりとか、ユーザーがいろんな使い方を考えてくれています。
小寺 自分撮りはどうでしょうか。僕は潜在的は市場は大きいと感じているんですが。
玉川氏 特に中国人はすごく自分撮りをします。このカメラを考えるときに、実は自分撮りもすごく研究したんです。自分撮りって“絶対角度”のようなものがあって、斜め45度上からで縦撮り、顔もしくは全身を撮るというのがポイントのようです。でも、それだとモニターとカメラ目線の位置がちゃんと合っていないといけないので、少しQXを使うのは難しいのかなと感じていました。
ただ、メインの自分撮りにはあんまり向かないと思いますが、うなじ、横顔のようなカメラ目線じゃない撮り方、今までになかった新しい写真の撮り方で、女性ユーザーの心をくすぐれると面白いかなとは少し思っています。例えば海外の例ですが、販売会社が作ったプロモーションビデオで、タブレットを置いて自分で後ろを見るような使い方を訴求したりしています。新しい使い方が世界でどんどん始まってる感じはしますね。
小寺 一方で動画撮影は、撮影時間に制限があったり、画質モードが1つしかないなど、あまり強くない印象があります。
玉川氏 実は動画は撮りながら送るということができない設定になっています。撮った後にそれをコピーしないといけません。コピーだけでスマホと何分も接続していないといけないというユーザーの使い勝手の悪い部分が、長時間撮れることによって目立ってしまうので、そこは割り切った部分ですね。
今のインターネットの動画、例えばVineだと6秒、Instagramだと15秒とか、短いスナップ動画がスマホで使われています。それなら約25分撮れれば十分だろうという認識です。調査でも動画撮影は連続で5分未満の人がほとんどという結果もありました。長時間の動画を撮るのであれば、アクションカムなどのソリューションを用意しています。レンズスタイルカメラはあくまでもスナップ動画で、というのは当初からコンセプトとしてありました。
QXシリーズは、従来デジカメを買う人に向けたカメラではなく、スマートフォンユーザーにターゲットを絞ったカメラであることが、あらためて浮き彫りになった。しかし実際にはそういったユーザーだけでなく、そもそも写真が好きという層からも、大いに注目を集めている。
それは、モニターとレンズを切り離すことで生まれる新しいアイデアを、自分でも試してみたいという衝動に駆られるからだ。今もネットにはたくさんの写真があふれているが、DSC-QX10/100は、その様相をガラッと変えていく可能性を感じさせる、一言で言ってしまえば"楽しいカメラ"なのだ。
筆者紹介
小寺信良(こでら のぶよし)
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
Twitterアカウントは@Nob_Kodera
近著:「USTREAMがメディアを変える」(ちくま新書)
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