ソニーの“プロ機”が日本人にしか作れない理由:小寺信良が見たモノづくりの現場(1)(1/3 ページ)
日本のモノづくりが失墜しているって? とんでもない。日本でなくてはできない価値のあるモノづくりの現場が、静岡にある。
日本のモノづくりが危機に直面しているといわれて久しい。しかし、この傾向は既に1980年代からNICS、あるいはNIESという言葉とともに語られていたことだ。当時も、それほど高い製造レベルが必要ない生活用品の多くが、近郊アジア地域から大量に流入していた。そのころ、日本はバブル経済期であったため、むしろアジア全体の発展としては好ましいと見る風潮もあった。
小寺信良が見たモノづくりの現場(第2回)
「グローバル企業として生き残るには――ボッシュ栃木工場に見るニッポンクオリティ」
自動車の品質とコストを支えているのは誰か。多くの部分を下支えしているのが部品メーカーだ。自動車部品メーカーの1つ、ボッシュ。その栃木工場の工夫を、小寺信良氏の目を通して語っていただいた。品質向上への努力とはどのようなものなのかが分かるだろう。
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当時は現在のレベルにまで、アジア諸国の製造技術が向上するとは考えておらず、自動車、エレクトロニクスといった部門に影響すると思われていなかったのである。日本が一番見誤ったのは、まさか中国本土がモノづくりに対して、これほど競争力を持って参入してくるとは考えていなかったことがあるだろう。
昨今、大手家電メーカーの決算が出そろったが、家電の稼ぎ頭であったTVも、もはや製造を日本国内で行うメリットがないと判断した東芝のようなメーカーも出始めている*。あるいはキヤノンのように、国内生産にこだわるならば、徹底的な無人化を行うと決断したところもある。
その一方で、海外生産も視野に入れたが、国内経済に貢献したいということから、日本での製造にこだわるソーラーフロンティアのようなメーカーもある。これは日立がプラズマディスプレイ製造から撤退した工場を流用し、1カ所の工場としては世界最大級の太陽電池製造工場として再起動させた例である*。
* 「価格性能比に優れた太陽電池とは」では、ソーラーフロンティアへの取材を行っている。
海外でも同じ品質のものが作れるのであれば、人件費や地代などを考えれば、国内生産にこだわる必要はない。しかし、もし海外では作れない品質のものがあったら? その場合は国内生産のメリットがある。
ソニーイーエムシーエス湖西サイトは、国内で数少ない、そうした高い品質レベルを達成している製造拠点だ。ソニーのプロフェッショナル機器といえば、神奈川県厚木市にあるソニー厚木が有名だ。確かにここも製造拠点の1つと考えることはできるが、ソニー厚木のメインはプロ機器の商品企画、研究開発、設計である。
ソニーは放送や映画向けのプロフェッショナル機器メーカーとして、世界最大手といっても過言ではない。それらの製品の大半を製造しているのが、湖西サイトである。
湖西サイトの変遷
湖西サイトがある静岡県湖西市は、東京からみて浜名湖の先、静岡県と愛知県の県境近くにある。実はこのあたり、浜松、湖西の両市は、日本のモノづくりを立ち上げた偉人たちを輩出した。トヨタ自動車を立ち上げた豊田佐吉、ホンダの本田宗一郎、スズキの鈴木道雄らは、この地域の出身である。
イーエムシーエスとは、「Engineering」「Manufacturing」「Customer Service」の頭文字を取ったもので、ソニーの100%子会社だ。湖西サイトは従来製造だけを行っていたが、商品開発や設計、カスタマーサービスの拠点としても稼働することになり、2001年に事業センター化した。
湖西サイトの歴史は古く、1969年にコンシューマオーディオ機器の大量生産拠点としてスタートした。当時の名称は、「ソニーオーディオ」。最初に製造・出荷したのは、海外向けのモジュラーステレオ「HP-188/199」だ。ターンテーブルが上部にあり、下部はラジオチューナーやアンプになっている。現在でもたまにe-Bayなどに出品されているのを見掛ける。
世界初の家庭用CDプレーヤ「CDP-101」を世に送り出したのも、この湖西である。1982年で、当時の価格は16万8000円であった。筆者が社会人になったのもちょうどこのころで、まだ大卒の初任給が10万円を超えるか超えないかぐらいのことであった。型番の「101」は、ソニーの中級機を表すナンバー「5」を、デジタルを象徴する2進法で表したものだという。
それから1982年に業務転換し、業務用機器の生産を開始した。デジタルベータカムのテープデッキ「DVW-500」や、HD CAMの放送用カムコーダ「HDW-700」をはじめとする放送機器を生産し、放送のデジタル化をリードした。以降現在に至るまで、いわゆるプロ機といわれる製品の生産を手掛けている。
放送局で使われる映像のプロ機の特徴は、製品寿命が長いことである。なぜならば、放送フォーマットがそう簡単には変わらないからだ。また製品単価が高価なこともあり、必然的に次の設備投資まで時間がかかるため、普通は10年以上使い続ける。
もちろん摩耗部品などは交換するが、回路基板などは10年以上にわたって動作し続ける。さらに固定設備の場合は、昼夜通電されており、廃棄まで電源が切られることはほとんどない。
カムコーダなどの撮影機器は、海底探査から山の頂上、果ては宇宙まで、人類が行くことが可能なあらゆる場所で使われる可能性がある。“ダメモト”で動作保証環境を越える使い方も、当然あるわけだ。
これらの条件、あるいは酷使に耐える製造とは一体どのようなものなのか。今回湖西サイト内を見学する機会に恵まれたので、その中身をご紹介したい。
工場内は当然撮影禁止なので、筆者の記憶を頼りに可能な限り、文章で表現するしかないことをあらかじめお断わりしておく。また記事内で使用した写真は、広報資料として公式に提供されたものである。
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