「良いモノ」を作るだけでは稼げない? 製造業がサービス化を迫られる理由:サービスで稼ぐ製造業への転換(1)(2/2 ページ)
製造業のサービス化が訴えられて久しいが、現実的にはうまく進められているところは少ない。本連載では、製造業がサービスで稼ぐビジネスモデルへの転換に不可欠な収益管理と成長戦略について紹介する。第1回は、製造業を取り巻く環境変化とサービス化の加速について全体像を示す。
モノの価値を高めるソフトウェアとは?
では、モノの価値を高めるソフトウェアとは何か。それは単にモノを動かすための制御プログラムではない。利用状況に応じて機能を進化させ、購入時点では想定していなかった価値を後から付加していくものである。いわば、ハードウェアが持つ潜在能力を、顧客が実感できる「体験」へと翻訳する役割を担う。同じハードウェアでも、搭載するソフトウェアと、それらが提供するサービス次第で顧客が得る価値は大きく変わる。ここで、身近な事例としてカメラを挙げたい。
カメラは、狙った一瞬を静止画で切り取る単一の機能を提供するモノから、動画を残すビデオカメラ、アクティビティーを記録するアクションカムへと進化してきた。近年普及が進む360度カメラはその1つの到達点である。従来のカメラは、レンズが向く特定の範囲の瞬間のみ捉えるのに対し、360度カメラは顧客の体験を全方位で記録するものへ、ソフトウェアを通してサービスを進化させている。
360度カメラの魅力の一つは、撮影時に構図を考える煩わしさから解放される点にある。旅行での撮影を例にとると、撮影者はカメラを向ける方向やフレーミングを気にする必要はなく、旅行そのものを楽しむことに集中できる。しかも全方位を記録するため、撮影者自身が見ていなかった方向の出来事までもが映像に残り、後から見返した時に、その場では気付かなかった発見や感動を追体験することができる。
しかし、ここには課題もあった。360度で撮影された映像は、編集時にどの角度から、どのような構図で映像を切り出すかを決めなければ、映像作品として成立しない。膨大な動画データから印象的なシーンを選び、動画や写真として仕上げるには相応の時間と技術を要し、編集に不慣れな利用者にとっては、豊かなデータを生かしきれないという矛盾を抱えていた。
この課題を解決したのがソフトウェアによるサービスである。360度カメラを購入した顧客は、AI(人工知能)によるシーン解析があらかじめ組み込まれ、クラウドと連動した編集アプリを無償または低廉な価格で入手できる(製品による)。利用者はアプリ上で編集したい動画を選ぶだけで、AIが自動で見どころを解析し、撮影時に気付かなかった場面を含めた映像作品を生成する。利用者に高度な編集技術がなくとも、例えば、旅行先でも、その日の夜にホテルで映像を見返し、すぐにSNSへ投稿して、友人と楽しさをその場で分かち合うことができる。
この事例が示すのは、ハードウェアの性能そのものではなく、それに付随するソフトウェアとサービスが、モノの価値を決定づけているということである。カメラという“モノ”の魅力を最終的に引き出しているのは、AIを活用した使いやすい編集サービスという、後から付随する“コト”なのだ。しかもこのサービスは、スマートフォンのアプリやクラウドを通じて継続的に最新の機能として顧客に提供される。
メーカーがAIの精度や機能を高め続けることで、利用者はハードウェアを買い替えることなく、進化した体験を得られ、満足度も高まっていく。ハードウェアを売って終わりではなく、サービスを通じて顧客との関係を長期にわたって築く――ここに、売り切り型から課金型へ移行する必然性が見て取れる。
近年、360度カメラは市場の関心を集めている。動画配信サービスやSNSでも数多く取り上げられており、新たな映像表現や撮影体験を求める利用者から支持を集めている。この市場拡大を支える要素の一つが、ハードウェアの新製品発売時の性能向上に加えて、頻繁なソフトウェアのアップデートにある。
あるメーカーでは、まずAIを活用した機能をソフトウェアに組み込み、その後のアップデート時にAIによる自動シーン認識を追加した。こうしたAIアルゴリズムと編集ソフトウェアの充実により、動画編集に詳しくなくても、容易な撮影と満足度の高い映像を手にすることができるようになった。
一連の継続的なソフトウェアのアップデートは顧客体験に不可欠であり、その快適さを一度知れば、もはやサービスのない状態には戻りにくい。こうして、課金してでも使い続けたいという課金型ビジネスの素地が育っていくのである。
ビジネス構造の変化と収益性把握の必要性
ここで見落としてはならないのは、こうしたサービスが新たな収益源であると同時に、新たな収益管理の対象でもあるという点だ。
編集アプリやAI解析の基盤は、開発に相応の投資を要し、運用にも継続的なコストが発生する。ハードウェアの売上高や利益だけを追っていては、サービスが生む売上高や、それを支える原価の全体像はつかめない。体験を売る事業へと踏み出すほど、事業企画部門や情報システム部門、経営企画部門には、サービス単位で収益を捉える新しい視点が求められる。
このように、製造業の競争力の源泉は、モノづくりの延長線上にあるソフトウェアとサービスへと移りつつある。そして、サービスが新たな収益源となっているモノの事例は360度カメラだけではない。自動車、自動車向けのタイヤ、建設/鉱山機械、農業機械など、製造業の幅広い業種に広がっている。
この変化に対応できる企業とそうでない企業の間には、今後大きな収益格差が生まれるだろう。次回は、サービス化を進める日本企業が直面する「サービス収益管理」の壁について、その実態を掘り下げていく。
筆者プロフィール
池田和繁(いけだ かずしげ)
KPMGコンサルティング パートナー。ITコンサルティング会社を経て2017年にKPMGコンサルティングに入社。大規模プロジェクトPMO、テクノロジーアーキテクチャ設計に強みを持ち、自動車・製造業等のクライアントに対して、デジタル業務改革やデータ利活用戦略などのDX支援を数多く手掛ける。近年では、製造、製薬、自動車業界向けのデジタルトランスフォーメーショングループのグループリーダーとして、ものづくりにおけるDX戦略および導入支援から、データ利活用戦略、データプラットフォーム構築・活用支援などを推進。
大楠貴浩(おおぐす たかひろ)
KPMGコンサルティング アソシエイトパートナー。大手外資ITベンダーにて企業向けのシステム開発、品質管理を経験したのち、2024年にKPMGコンサルティングに入社。製造業を対象に、IT資産管理や無形資産管理、ソフトウェアを起点とした収益管理の高度化・業務改革、ソフトウェアを活用した製品の価値向上の施策立案などを支援。
中亮太郎(なか りょうたろう)
KPMGコンサルティング シニアマネジャー。半導体製造装置業界において、研究開発、事業企画、商品企画(収益管理)、生産改革、経営管理、ITシステム開発など幅広い領域を経験。開発現場から経営管理までを横断する知見を有する。2023年よりKPMGコンサルティングにて製造業を対象に、IT資産管理や無形資産管理、ソフトウェアを起点とした業務改革などを支援。
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