電信機から海底光ケーブルまで通信を支える技術の歴史、NTT技術史料館を訪ねる:モノづくりショールーム探訪(2/2 ページ)
情報通信インフラの歴史と技術の系譜を体系的に紹介する「NTT技術史料館」。本稿では同館の展示を通じて、日本の電気通信技術の発展の歩みと、その裏側にある技術者たちの取り組みを紹介する。
インターネットなど各技術の系譜をしっかりと紹介
「技術をさぐる」についてのフロアは、全部で10の技術分野に分かれており、それぞれの分野ごとに、技術がどのように開発され発展してきたか流れを追って知ることができる。
以下は、「モバイルネットワークの技術」「インターネットの技術」「ユーザー機器の技術」の展示の一部だ。

図11(左):公衆電話ボックスの模型。左端は1900年に東京・京橋に設置された日本初の電話ボックス(レプリカ)。当時は雨宿り用としても重宝されたそう。図12(右):公衆電話。右端は「ICカード公衆電話機」(1999年)。Suicaより前の1997年に登場した。その左の「ディジタル公衆電話機」は端末接続用のモジュラジャックを備えておりモバイル端末のデータ通信が可能だった[クリックで拡大]IEEEマイルストーン受賞数は国内トップクラス
「NTT技術の広がり」に関するフロアでは、基礎研究やソフトウェアなどの技術、国際標準化の取り組みなどが紹介されている。特にNTTの技術の世界への広がりを示すのが、IEEEマイルストーン受賞業績の紹介だ。IEEEマイルストーンは、IEEE(米国電気電子学会)が、電気/電子分野において開発から25年以上経過し、社会や産業の発展に大きく貢献した歴史的業績を認定する制度である。2026年2月にもNTTが研究開発や普及推進した「石英系PLCを用いたアレイ導波路回折格子」が光通信の大容量化に貢献したとしてIEEEマイルストーンに認定されたところだ。NTTの受賞数は5件となり、国内組織としてトップクラスである。
また、認定業績として紹介されていた展示の一つが、光ファイバー量産技術の開発である。光ファイバーは屈折率の異なる2種類のガラスからなっており、光が通る中心部(コア)とその周囲(クラッド)から構成される。ガラスの母材を引き延ばして作られるが、「VAD(Vapor-phase Axial Deposition、気相軸付け)法」は光ファイバーを無接続かつ継ぎ目なしで100km長以上の長尺で作製することを可能にした。
NTTの伊澤達夫氏が1977年にVAD法を発明。古川電工、住友電工、フジクラと共同研究体制を組んで1983年に大型母材の量産技術を確立した(図13)。NTT茨城電気通信研究所(当時)内にミニプラントを作って日夜研究を行ったといい、普段は製造を外部に委託するNTTとしては異例のことだったという。
図13:VAD法の開発に用いられた、光ファイバー母材製造装置。中央が母材成長装置、左が透明化装置。右の母材から2000kmの光ファイバーを作ることができる。左下は当時に作られた100km長の光ファイバー[クリックで拡大]
当時の機械で電話交換業務を体験
史料館を訪れたら、ぜひ体験コーナーにも足を運びたい。ここではNTTのOBボランティアである「OB運営サポーター」が整備した電話機や手動交換機を使って通話や交換業務を体験したり、機械式交換機の内部の動きを観察したりできる。
手動の「磁石式単式交換機」は「41M磁石式卓上電話機」とともに体験できる(図14)。図15は日本で初めて交換機が自動化された際の「ステップバイステップA形自動交換機」だ。他にもモールス信号やパラボラアンテナを使った会話などが体験できる。
なおアンケートに答えるともらえるペーパークラフトは史料館オリジナルの本格派だ。過去に配布していたものには、受話器を置くと入れたテレホンカードが出てくる公衆電話もあったそうだ。

図14(左):左が手動交換機、右が発話者の電話機。発話者は受話器を置いたまま、右側の発電機のハンドルを回し交換手に連絡する。交換手はプラグの抜き差しやスイッチの操作、受話者の呼び出しなどを行う。図15(右):ステップバイステップA形自動交換機のスケルトンモデル。電話番号をダイヤルすると、自動で受話者につなぎ、度数計をカウントするところから通話を終了してスイッチがリセットするまでの動きを見ることができる[クリックで拡大]熱意の源は技術者たちの「しっかりと伝えたい」という思い
史料館を見学していると、展示の端々に「より詳しく、正確に伝えたい」という思いが感じられる。このような熱意の源について、史料館担当者は「NTT技術史料館設立に携わった者の『技術の中身までしっかりと伝えたい』『後進育成に貢献したい』という思いが自然と反映されているのかもしれません」と語る。
史料館は2025年で25周年を迎えた。これからの活動について史料館担当者は、「技術そのものだけでなく、それらに関わる技術者たちの工夫や努力について語り継いでいく活動も継続していきたい」と語る。
史料館の展示を見ても分かるように、われわれの快適な通信を支える技術は多岐にわたる。それらを余すところなく伝えたいという運営側の本気が伝わり、「難しいけど楽しい」空間になっている。通信の過去の流れを知ることは、未来の通信について考えることにもつながる。機会があればぜひ訪れて、技術者たちの思いを知り、通信の未来について考えてみてはどうだろう。
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