ギガキャストの超巨大ダイカスト成形機「ギガプレス」はどうやって作られたのか:いまさら聞けないギガキャスト入門(3)(6/6 ページ)
自動車の車体を一体成形する技術である「ギガキャスト」ついて解説する本連載。第3回は、ギガキャストに用いられる装置である超巨大ダイカスト成形機「ギガプレス」を実現した、イタリアのIDRAとFSAの取り組みについて解説する。
8.IDRA+FSAモデルの強みと最新動向
IDRAとFSAが共同で機械+補助装置を一括で提供できる統合ソリューション体制には、幾つかの強みがあると考えられる。以下にその主要点を整理する。
- 統合最適化設計
機械本体(IDRA)と補助システム(真空、温調、スプレー、排気、金型、溶湯炉、後処理装置など)を別々に選定するのではなく、FSAの各社が前もって協調設計した最適構成を顧客に提供できる。これにより、インタフェース不整合や制御調整コストを低減できる - 責任の明確化/一括納入
顧客(鋳造ライン導入者)にとって、機械+補助装置を別々のベンダーで調整する手間を省け、一括納入や責任分担が明確となる - 迅速な技術対応/モジュール性
FSAのモジュール化された補助装置構成により、将来的なアップグレードやカスタム要件への対応がしやすくなる。例えば真空モジュールを追加する、あるいはスプレー方式を変更するなど - 品質保証および統一基準
FSAメンバー企業間でベストプラクティスを共有することで、部品品質、制御インタフェース、通信プロトコル、設計基準などを統一水準にしやすい - グローバル展開/販路補完
各社はもともとそれぞれ専門分野で国際的に展開している可能性が高く、そのネットワークを通じて、IDRAの機械納入地域において補助装置のサポートがしやすくなる - 技術連携と共同開発
新技術(例:高効率真空引き、次世代温調制御、排気熱回収など)に関してFSA内で研究開発を共同で行い、IDRA機械との密接統合を前提に製品改良を速く進められる
IDRA+FSAモデルにおける注意点と限界および検証すべき事項
IDRA+FSAモデルも万能ではなく、幾つか注意すべき点があるように思われる。そこで下記に示す事項を挙げておく。
- 加盟企業が持つ技術力と実納入力が必ずしも全ての顧客要求を満たすとは限らない。つまり、ある顧客から極端に特殊な補助装置仕様が求められた場合、FSA構成外部のベンダーを併用するケースもあり得る
- FSAに加盟しているとはいえ、実際のプロジェクトでその全社が必ず納入契約を持つわけではない。プロジェクトごとに、IDRA+一部FSAメンバー構成、または一部外部サプライヤー併用という構成があり得る
- 各社の提供機器スペックや制御プロトコルが異なる可能性もあり、統合時にはインタフェース調整が不可欠
- FSAモデルの成功は、各企業がタイミングを合わせて開発/供給できる能力、品質安定性、納期順守力などに依存する
- FSA加盟企業が将来的に入れ替わる可能性や、技術連携の深度がプロジェクトごとに異なる点も留意する必要がある
9.IDRAとFSAの最新動向
ここからは、ギガプレスを提供するIDRAとFSAに関する最新技術発表や2024〜2025年時点での各社動向を見ていこう。
まず、IDRAおよびFSAに関する最近のニュースや公開活動から、注目すべきポイントを押さえていく。
- IDRAの公式Webサイトでは、IDRAが“Foundry Star Alliance(FSA)”のパートナー企業と共に軽合金高圧ダイカスト分野を支える協業枠組みであることをあらためて紹介している
- IDRAの最新ニュースページには、新技術発表や見本市出展、IDRAがDie Casting Congress/Tabletop2025に参加する旨が掲載されており、鋳造機器先端技術展示会への出展に注力していることがうかがえる
- Industry Arsenalの記事“Weekly Giga casting News”において、IDRAとFSA関係者による韓国の9000トンギガプレス納入/立ち上げプロジェクトが「10カ月以内で本番稼働」されたという報告があり、FSAメンバー企業もこのプロジェクトに技術協力として名を連ねた旨が紹介されている
- Foundry-PlanetによるFSA関係の技術展望記事も引き続き参照されており、FSAの構想/協調設計思想があらためて整理され紹介されている
- GIFA(鋳造関連国際展示会)では“Foundry Star Alliance”に関する報道が出ており、IDRA/FSAが出展技術テーマとして注目を集めていることが示されている
- Foundry-Planetによる最近の記事“Gamechanger Giga castings?”では、IDRA主催の“Super Car Seminar”において、欧州自動車メーカーに対する技術挑戦や未来構想を示す場としてFSA関連企業が出席し、ギガキャスト技術や鋳造設計の変革意図が語られたことが報じられている(これらから読み取れるのは、FSAの構成メンバーおよび技術連携体制は現在も活発にプロモートされており、特にギガプレス、軽合金鋳造、インダストリー4.0統合制御技術、モジュール式補助装置統合化などが主テーマになっているという点である)
表8に、ギガプレスに関する最近の技術/統合パートナー刷新/方向性をまとめた。FSA加盟各社およびIDRAから最近出ている改良の方向性、関係強化の動きに関する調査結果を筆者の解釈を含めて整理している。
| 項目 | 公開情報/報道 | 解説/意味する方向性 |
|---|---|---|
| 大規模ギガプレスプロジェクト納入速度短縮 | 韓国の9000トンギガプレスが“10カ月以内で稼働”という報道例がある | FSA各社間での設計調整、補助装置納入調整、並行工程化がうまく機能している可能性。従来よりも部品調達/統合設計効率を高める体制がより洗練されてきていると推察される |
| FSA出展技術テーマ強化 | GIFA展示や“Super Car Seminar”などで、IDRA/FSAが「ギガキャスト、軽量化、設計統合、顧客固有ライン設計」などを主題として掲げている | 製品差別化という点で、単なる機械提供から「鋳造セル全体ソリューション(補助システム含む)」を前面に打ち出す戦略をさらに推進している |
| FSA加盟企業の拡張/明文化 | FSAの公式説明(IDRAサイト)には、FSAの構成企業とともに、共同支援体制のビジョン(“support light alloy HPDCs”)が明文化されている | FSAのブランド力を強め、顧客にとって「IDRAの機械+FSAの補助装置=信頼できる一体供給体制」という印象をより強化しようという戦略的意図があるように見える |
| 技術セミナー/知見共有の場としての活動強化 | IDRA主催“Super Car Seminar”、技術講演、Sandy Munro(自動車技術評論家)招致など、FSA関係者を巻き込んだイベント開催例あり | FSA各社間あるいは顧客との知見共有/信頼構築を加速させる場を設けることで、技術力アピールおよび協調開発の強化を図っている |
| インダストリー4.0/スマート統合制御志向 | FSAの設立趣旨の一つに、「統合性/相互接続性/3D診断/トレーサビリティー」などを具現化することが掲げられている(FSA発足時説明) | 補助装置/機械制御系を別々に扱うのではなく、通信インタフェース、センサーデータ統合、セルレベルでの統合制御がより現実化フェーズに入っている可能性 |
| FSAブランド強化/訴求 | IDRAサイトで“Foundry Star Alliance”を明示的に紹介し、FSAをIDRAの提供価値の一部として打ち出している。 | 顧客に対する付加価値アピール(「機械+補助装置をFSAの信用ある企業群と一括供給できる」)を強めていると考えられる |
| 表8 ギガプレスに関する最近の技術/統合パートナー刷新/方向性 | ||
最近注目されそうなFSA各社の動きと今後の可能性
今回、微力ではあるが、筆者が調べた情報と業界動向を踏まえて、今後FSA各社が強化しそうな注目すべき方向性を挙げてみる。
- 補助装置のIoT/データ統合強化
FSAの構想に「相互接続性/トレーサビリティー」が明記されているため、真空制御装置/温調装置/スプレー装置などが全てネットワーク統合され、リアルタイム監視/予防保全機能を備える方向性が高まると思われる - モジュール性/交換性の向上
補助装置を標準モジュール化して、異なるプロジェクト間で交換可能/拡張可能な構成にする取り組みが増える見込み。これは納入/サービス効率を高める狙い - 高速立ち上げプロジェクトへの対応力強化
韓国の例では短期間で立ち上げられたとの報告があり、FSA体制で補助装置納入/統合を迅速化する能力をさらに強める必要があり、そのための設計調整/前倒しモジュール調達体制が整備される可能性 - 新素材/新鋳造技術対応(マグネシウム、高流動合金、薄肉鋳造など)
軽量化圧力、高流動合金や新鋳造技術への対応を補助装置部門(温調、真空、スプレー系など)が支える技術展開が加速する公算 - 環境/エネルギー効率強化
排熱回収、排気処理、低消費エネルギー補助装置、省電力制御などがFSA補助装置企業において競争軸となる可能性 - 顧客コラボレーション型ライン設計受注
OEMや自動車メーカーが要求仕様を示す初期段階から、IDRA+FSAの協調体制でライン設計を共同で行う受注パターンが拡大する可能性。
次回は、IDRAグループによるギガプレスの本体マシンや製造プロセスの詳細について解説する予定である。(次回に続く)
参考/引用文献
- 武藤一夫「図解よくわかる機械加工」、共立出版社、2012年04月、ISBN:9784320081888
- 武藤一夫、高松英次「これだけは知っておきたい金型設計・加工技術」、日刊工業新聞社、1995年1月、ISBN:9784526036439
- 武藤一夫「エンジニア必携トヨタにまなぶ デジタル生産事例・用語集」、産業図書、2021年12月、ISBN:9784782841082
- 武藤一夫「図解CAD/CAM入門 CAD/CAE/CAM/CATによるモノづくりを解説」、大河出版、2012年8月、ISBN:9784886617224
- 武藤一夫「進化し続けるトヨタのデジタル生産システムのすべて」、技術評論社、2007年12月、ISBN:9784774132822
- KMA-Filter
- costampgroup.com
- idragroup.com
- The Giga casting Newsletter
- foundry-planet.com
- gifa.com
筆者プロフィール
武藤 一夫(むとう かずお) 武藤技術研究所 代表取締役社長 博士(工学)
1982年以来、職業能力開発総合大(旧訓練大学校)で約29年、静岡理工科大学に4年、豊橋技術科学大学に2年、八戸工業大学大学に8年、合計43年間大学教員を務める。2018年に株式会社武藤技術研究所を起業し、同社の代表取締役社長に就任。自動車技術会フェロー。
トヨタ自動車をはじめ多くの企業での招待講演や、日刊工業新聞社主催セミナー講演などに登壇。マツダ系のティア1サプライヤーをはじめ多くの企業でのコンサルなどにも従事。AE(アコースティック・エミッション)センシングとそのセンサー開発などにも携わる。著書は機械加工、計測、メカトロ、金型設計、加工、CAD/CAE/CAM/CAT/Network,デジタルマニュファクチャリング、辞書など32冊にわたる。学術論文58件、専門雑誌への記事掲載200件以上。技能審議会委員、検定委員、自動車技術会編集委員などを歴任。
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