「ギガキャスト」が騒がれる理由:いまさら聞けないギガキャスト入門(1)(1/5 ページ)
自動車の車体を一体成形する技術である「ギガキャスト」ついて解説する本連載。第1回は、ギガキャストがこれほどに騒がれる理由について紹介した後、ギガキャストのメリットやデメリット、ギガキャストとメガキャストの違いなどについて説明する。
1.はじめに
自動車の車体を一体成形する技術である「ギガキャスト」が注目を集めている。どうして、これほどにギガキャストが騒がれるのだろうか?
その理由を一言でいえば、ギガキャストによって「クルマづくりの大変革」が行われたからだ。EV(電気自動車)メーカーであるテスラが2017年7月に発売した「モデル3」と、約2年半後の2020年1月に発売したギガキャストを採用する「モデルY」について、車体後部のアンダーボディーを比較して見ればよく分かる。その比較結果は以下の3点にまとめられる。
- 図1に示すように、モデル3では70個の部品で構成されていたが、モデルYではギガキャストによる一体成形で1個の部品になった
- ギガキャストの成形時間はわずか100秒
- ギガキャストの導入で製造コストを4割削減した
これらの特徴的な3つの理由によって「クルマづくりの大変革」を可能にしたからこそ、ギガキャストが騒がれたのである。
テスラにおけるギガキャスト採用の発端には何があったのか
さて、図1に示した、テスラにおけるモデル3からモデルYへの移行時にギガキャストを採用した発端には何があったのだろうか。筆者は以下のようなことがあったのではないかと想像している。
2008年ごろ、テスラ CEOのイーロン・マスク(Elon Musk)氏は、これまで広告にお金を使ったことがなく、全ての資金を研究開発に投資しており、自動車本体の設計と製造についても(豊田章男氏と同じように)「クルマを可能な限り良いものにできる」と思っていたのではないか。また「そのために、今リスクをとる」という勇気と信念もあった。そして「おもちゃのクルマのように、もっと簡単に作れないものか?」とテスラの製造部門/加工部門の技術関係者に向かって言ったことが「クルマづくりの大変革」の発端になったのではなかろうか。
テスラの製造部門/加工部門の技術関係者らは、まず、その子どものような問いに対して一斉に「現実のクルマづくりとおもちゃづくりの違いが分からないのか?」と驚いた。次に「ド素人め!」と心で思いつつも、社長命令であり、技術者の自負心もあることから、これを実現するには「高圧力を出せるジャイアントサイズの製造装置が必要だ」と想定し、さらには「それでは、そんな機械が世界にあるのか? これは大変だ!! 困った。簡単な話じゃないぞ!!!」。そして、不安に陥ったのではないか。
一般的に、専門家はものの成りたちを知っている常識人であるだけに、頭が固く、突拍子な質問に困惑する。非常識な素人の発想に頭が追い付かないし、どのように回答してよいか思い付かない。と同時に、その無知にあきれて、素人をばかにするしかないわけである。が、相手は社長で、職位は上だから、思い直してない頭を雑巾のように絞って考えると、ようやくひらめきが生まれることがある。まさに、技術者にとって「目からうろこが落ちる」ような新発想は、しばしばこのような形で生まれることもある。要するに、固定観念のない「素人の発想」は、時に「新技術のブレークスルーを起こす」ということである。
複数の複雑な工程を経て完成するクルマのボディー
ご存じのように、クルマはおよそ3万点の部品で作られている。それだけの部品の数が必要であり、それら多数の部品を種々の加工方法や加工機、設備を使って、手間暇かけて一つ一つ加工し、そういった部品をボルト/ナットや溶接機で締結して、一つのユニットに組み付けて仕上げる。さらに、それら複数のユニットを組み合わせ/組み上げることで、1台のクルマのボディー(車体)が構成される。
なお、クルマのボディー構造は、一般に、ラダーフレーム(はしご状骨組み)構造とモノコック(フランス語でmonocoque、一つの貝殻という意味)構造に大別される。
ラダーフレームは、はしご状のフレームの上にボディーを載せる構造で、トラックやバスの他、ジープ(Jeep)に代表される不整地走行向けの四輪駆動車などに採用される。
一方、モノコックは、ボディー自体がフレームの役割を果たす構造である。モノコック構造にはフレームがないので、先述した車体を構成する各ユニットを組み付けたボディー全体で強度や剛性を保つように一体化されている。現行の乗用車、多目的車のボディーのほとんどはモノコック構造である。このモノコック構造は、乗員の安全確保や車体の剛性を高くすることが容易で、デザイン性も向上しやすいなどの長所がある。
ラダーフレームであれ、モノコックであれ、クルマのボディーのような大型部品は複数の複雑な工程を経て完成する。テスラ CEOのマスク氏は、こういった「複数の複雑な工程」を問題視したのだろう。そして、これらを一つの工程でできないのか? という課題が技術者に与えられたのである。
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