万博で展示される培養肉とは? 3Dプリンタで牛ステーキ肉を作る理由:3Dプリンタの可能性を探る(1/3 ページ)
大阪・関西万博で培養牛肉やフードプリンタのコンセプトモデルを展示する培養肉未来創造コンソーシアムの代表で、大阪大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 教授の松崎典弥氏に、培養肉が注目される背景や、さまざまな食用肉の中から牛肉を選んだ理由、コンソーシアムが目指す方向などについて聞いた。
動物の細胞を人為的に培養して作る培養肉が注目を集めている。2013年に約3500万円の“培養肉バーガー”が発表されたのを皮切りに、培養肉スタートアップが次々と立ち上がり、現在はシンガポール、米国、イスラエルで培養肉の販売が承認されている。国内でも培養牛肉や培養フォアグラなどの開発が進む一方、安全性評価に向けたガイドラインの策定が進められている。
「大阪・関西万博」で培養牛肉(図1)やフードプリンタのコンセプトモデルを展示する培養肉未来創造コンソーシアムの代表で、大阪大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 教授の松崎典弥氏(崎の正しい漢字はたつさき)に、培養肉が注目される背景や、さまざまな食用肉の中から牛肉を選んだ理由、コンソーシアムが目指す方向などについて聞いた。

図1 万博内の「大阪ヘルスケアパビリオン」で展示されている和牛の培養肉(フィルムでパックされている)。右は霜降り肉、左は脂肪細胞と筋肉細胞による市松模様の肉。1枚の大きさは約9×15cm。霜降り肉は約1万本のファイバーからなり、一部試験的にロボットを使用した。1階の「ミライの都市」(要予約ゾーン)の「家庭で作る霜降り肉」に展示されている[クリックで拡大]
培養肉が注目される背景
――環境、食料、動物倫理の課題解決に貢献するとして、培養肉が注目されています。
松崎氏 培養肉が注目されている背景には、人口増加による将来のタンパク質不足、畜産による環境破壊、また日本においては食料自給率の低さなどがあります。
例えば、牛肉は1kg生産するのに11kgの穀物が必要で、農地や大量の水も欠かせません。また、畜産は温室効果ガス総排出量のうち14%を占め、運輸部門全体の排出量に匹敵します。培養肉はSDGs(持続可能な開発目標)のさまざまな目標の達成に貢献し得る技術として注目を集めているのです。
培養肉製造では、さまざまな分野の密接な協力が必要
――コンソーシアムで取り組む培養肉は、どのようにして作られるのでしょうか。
松崎氏 まず、新鮮な牛の肉から必要な幹細胞(さまざまな細胞に分化する能力を持つ細胞)、つまり今回は筋肉になるサテライト細胞と脂肪になる脂肪由来幹細胞を採取します。そして、採取した細胞を大量に培養します。
次に、細胞を含むバイオインクを3Dプリンタからファイバー形状に出力してから、灌流培養(新しい培養液を供給し続けながら行う培養)を行い、分化誘導を進めます。この段階で、それぞれの幹細胞が筋肉細胞や脂肪細胞へと分化します。
最後に、ファイバーを束ねて塊肉に成形します。
商業出荷においては、その後、検査やパッケージングを行うことになります(図2)。最初の幹細胞は、流通ルールの都合上、屠畜(とちく)した牛の肉から採取する必要がありますが、技術的には生きた牛から採取することも可能と見込んでいます。また、今後はより多く分裂可能な株化細胞を作製して使用する予定です。
――これらを複数の企業などと協力して進めているのですね。
松崎氏 生産プロセスが(従来の食肉生産と比べて)非常に長いため、1社もしくは1大学でカバーすることは到底不可能です。そこで、それぞれのテクノロジーを持ち寄り、開発を加速しようというのがコンソーシアムの目的になります。
現在、コンソーシアムは運営パートナーである大阪大学大学院 工学研究科、島津製作所、伊藤ハム米久ホールディングス(以下、伊藤ハム米久)、TOPPANホールディングス(以下、TOPPAN)、シグマクシス、ZACROSを含む18社/組織で構成されています。
3Dバイオプリント技術の開発推進を大阪大学 工学研究科、食肉細胞の提供や官能検査を伊藤ハム米久、幹細胞の大量培養をZACROS、その培地の製造を島津製作所の子会社である島津ダイアグノスティクスが担っています。
バイオインクやパッケージはTOPPAN、3Dプリントから灌流培養、成形までの自動化装置や分析などは島津製作所、全体のマネジメントはシグマクシスが統括しています(図3)。この取り組みをより前に進めるためには、さらに多くの仲間が必要です。
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