よみがえる明治大正の町工場の音、工作機械の“生きた教材”ごろごろ:モノづくりショールーム探訪(3/3 ページ)
電動機のスイッチを入れると、白色電球がともる薄暗い工場内で、ベルトを介して動力が伝わった旋盤が動き出した――。日本工業大学の工業技術博物館は工作機械を約270台所蔵し、7割以上が実際に稼働できる動態保存になっている。同博物館の館長である清水伸二氏に、動態保存の舞台裏、同博物館の果たす役割、今後の工作機械産業の展望などを聞いた。
動態保存の知られざる舞台裏、気の遠くなるような作業のくり返し
工業技術博物館の見どころは旋盤だけではない。多くが動態保存されている歯車加工機械も圧巻だ。
「収集した順にバラバラに展示していたのを2023年の特別展『歯車加工機とその産業への貢献史を探る』の際に、ホブ盤や歯車形削り盤、歯車研削盤などに分類し直した。あえて塗装は直さず、はげているものはそのままの状態だが、しっかりメンテナンスしている。裸の状態のため、油光りした歯車がしっかりかみ合って動いている様子を見てもらえる。大きな音がして迫力がある」(清水氏)
また、工作機械自動化の変遷のコーナーの近くには、動態保存されたひと際大きな機械がある。1973年(昭和48年)製の完全自動糸換刺しゅう機(タジマ工業)だ。前出の紙テープで制御していたNCフライス盤と同様に、パンチテープに社章や学校章などの模様をプログラムで記憶し、制服や靴下などに刺しゅうしていたものだ。
「旋盤もミシンも同じだ。みんな技術がつながっている。同型のミシンでまだ稼働するのは当館所蔵のものだけと思われる」(清水氏)
しかし、問題もあった。寄贈された時、刺しゅう機自体は稼働していたのだが、パンチテープのプログラムは当時から外注されており、どのような規則性で穴を開けてプログラムしていたかは不明だったのだ。そこで、同博物館の学芸員が全ての穴が開いたパンチカードを作成し、その穴を1つずつ埋め、プログラムを確認するという気の遠くなるような作業を経て、ついに日本工業大学の学校章を新たに刺しゅうすることに成功した。
「動態保存してお見せする舞台裏では、このように数えきれない苦労や努力を重ねている。ベルトやランプのヒューズが切れることはよくあり、最も困るのが電装部品だ。もう世の中に交換する部品がないことも多い。それらを何とか自分たちで修理している」(清水氏)
一方で、動かない静態保存の機械も見逃せない。航空機のターボファンエンジンなどさまざまな見どころがあるが、中でも国家プロジェクト「ムーンライト計画」で開発された全長21m、500t(トン)もある発電用高効率ガスタービンは迫力満点だ。
「本体を横方向にずれないように鋼板で押さえているのは、ガスタービンが高温になるためmm単位で熱膨張しても、板がたわんで安定して抑えられるようにしているからだ」(清水氏)
「技術を整理して100年後の評価につなげることも当館の役割」
同博物館では近年、「つなぐ化」にも重点を置いている。その1つが産学連携で工作機械業界の技術開発史など歴史的な動向をまとめることだ。
「工作機械メーカーを中心に後援会を組織しており、資料の収集や調査研究などに協力いただいている。私は令和を迎えた2019年に館長に着任したが、平成の間に日本の工作機械メーカーがどのような製品を開発し、どんな技術を投入したのか調査したのが最初の大きな仕事だった」(清水氏)
後援会の法人会員にアンケートを送り、各社がどのような技術を開発し、製品を投入したのかをまとめてもらった。その上で、業界全体の年表を作って、2020年の特別展「平成時代30年間の日本の工作機械メーカーの製品・技術を振り返る」としてフィードバックした。
「『自社の位置付けがよく分かった』や『社内で資料が全く整理できていなかったが、まだ健在のOBに話を聞き、社内の技術史を整理できて本当に良かった』という声もあった。このような業界全体の調査は企業単独ではできない。われわれが大学という中立的な教育/研究機関であり、産学連携だからできたことだ。100年後の評価にも耐えられるように技術を整理し、つないでいくのも当館の大きな役割であり意義であるとの思いを強くした」(清水氏)
現在は未来に技術をつなぐべく、図書資料の収集活動にも力を入れている。
「工作機械専門図書資料室の充実も進めている。黎明(れいめい)期の書籍には、今では当たり前のこととして解説されていない基礎的な技術が詳しく記されていて、勉強になることも多い。こうした貴重な資料が処分される前に寄贈いただけるよう関係各位にお願いをしている」(清水氏)
最後に長年にわたり業界をウォッチし、工作機械の研究してきた清水氏に、今後の工作機械業界の技術展望についても聞いた。
「自動車のEV(電気自動車)化に伴って『高精度かつ高能率に部品を量産する』という流れが加速する。EVは急速にモーターに力がかかるので、ギアに対してさらなる強度と、騒音を抑えるための『高精度』が求められる。その一方で、自動車部品であるため、その精度の全数検査とともに、高能率加工が要求され、さらには量産することが求められている。従来、この3つは相反するものだったが、現在は加工中のデータが瞬時に設計へフィードバックされるようになり、設計と製造が一気に近づいている。このような技術に対応可能な工作機械に変貌しつつあり、これにより、設計/製造プロセスが全体最適化されるようになり、より高能率なものづくりが可能になるはずだ」(清水氏)
同博物館で機械の歩みを振り返ると、電車や自動車など当たり前になっている移動手段も、衣服や家電など便利な製品に囲まれた生活も、全ては工作機械から始まっていることを改めて感じた。そして、インダストリー4.0をはじめとした製造業の改革が急速に進む中、将来、博物館にはどのような機械が展示されているのだろうか。まだ見ぬ未来にも心が踊らされる貴重な時間になった。
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