最適化で力を発揮する「OR」ことオペレーションズリサーチへの理解を深めよう:イノベーションのレシピ(3/3 ページ)
グリッドが社会インフラ分野におけるOR(オペレーションズリサーチ)の実装と普及をテーマとしたセミナーを開催。米国の先進事例や国内プロジェクトにおけるOR利活用の成果、ORが果たし得る役割、ORの社会実装を阻む要因などについて紹介した。
日本における「OR」に社会的な地位を
山上氏は、ORが今後の企業経営や社会構造に与える影響の大きさを強調するとともに、日本がそれに対応するために抱える根本的な課題を指摘した。
山上氏が特に注目したのは、米国における経営層へのアルゴリズム専門職の進出だ。近年、米国の大手ITやプラットフォーマー、グローバル企業では、「CAO」(Chief Algorithm Officer)という役職が経営層に常設されつつある。CAOはCOO(最高執行責任者)やCTO(最高技術責任者)と並び、意思決定の一角を担っており、AI、最適化、データサイエンスを戦略的に活用する組織構造が確立している。
CAOには、単に技術に明るいだけでなく、ビジネスモデルの変革や競争優位性の創出にアルゴリズムを応用できる高度な専門性が求められる。技術的知見だけでなく、構造化された思考力と長期的なビジョンを持つ人材がこのポジションに就いている。
山上氏は、日本企業には、CAOに該当するポジションがほとんど存在せず、その背景にあるのは博士人材の活用機会の乏しさだと指摘した。日本では博士課程修了者が産業界で「オーバーエデュケーション」(過剰教育)と見なされ、採用に消極的な風土が根強く残っている。これにより、数理とアルゴリズム領域の専門人材が企業経営に組み込まれることが難しく、結果としてORや最適化技術の社会実装が進まない状況を招いているという。
一方で、米国ではORを修めた人材が経営に関与する仕組みが整っており、スタートアップから大企業まで、ORを軸にした意思決定が日常的に行われている。さらには、スタンフォード大学やMITといった教育機関が、企業と連携して博士人材を育成し、研究成果をスピーディーに社会実装へつなげる「大学発イノベーション・エコシステム」を形成している。
山上氏は、日本でも教育、産業、学会が連携し、アルゴリズムや最適化を社会のインフラに組み込む土壌を整えることが必要と訴える。そのためには、大学が“社会に役立つ博士人材”を明確に育成するカリキュラム設計を行い、企業がそうした人材を評価して登用する構造を整備することが欠かせないとした。
また、OR学会自身もその中心的な役割を果たすべきであると述べ、研究を積み上げるだけでなく、人材を社会につなげていくことが学会の使命になると訴える。実際に、同学会では今後、企業との共同教育プログラムや、CAO的リーダーを育てる人材育成モデルの検討を本格化させていく方針を示した。
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