最適化で力を発揮する「OR」ことオペレーションズリサーチへの理解を深めよう:イノベーションのレシピ(2/3 ページ)
グリッドが社会インフラ分野におけるOR(オペレーションズリサーチ)の実装と普及をテーマとしたセミナーを開催。米国の先進事例や国内プロジェクトにおけるOR利活用の成果、ORが果たし得る役割、ORの社会実装を阻む要因などについて紹介した。
ORがキャリアパスとなる米国、“応用知の交差点”に
日本ではまだなじみの薄いORという分野が、米国ではすでに高度専門職の基盤として確立されている。梅田氏は、米国のOR学会であるINFORMS(The Institute for Operations Research and the Management Sciences)が主催した国際会議を紹介しながら、両国のギャップと日本における今後の展望を語った。
INFORMSの年次大会は、世界最大級のOR学術イベントで、梅田氏が参加した2023年大会では6000人以上が来場し、1400を超えるセッションが並行して行われた。発表内容は理論研究だけでなく、企業事例、社会課題への応用、AIやデータサイエンスとの連携など幅広く、ORという枠を超えた“応用知の交差点”としての性格が強いという。
梅田氏は、ORの存在感における日米の違いとして「リクルーティングゾーン」と呼ばれる採用エリアの存在を挙げている。体育館規模の空間に各企業が特設ブースを構え、壁面にはびっしりと求人票を掲げていたという。参加者は履歴書を片手にそれらを確認し、興味のある企業とその場で面談し、場合によっては即日で内定が出るケースも珍しくないという。
この“OR人材採用フェス”ともいえるエリアには、アマゾン(Amazon.com)や航空会社、エネルギー大手、製造業など幅広い業種が名を連ねていたが、それらのほとんどの企業が求人職種として「Operations Research」あるいは「Optimization」というキーワードを明記していた。
梅田氏は「日本で“OR”というワードで求人を検索しても、ほとんどヒットしない」と指摘した上で、「米国では、ORに特化した専門職が明確に存在し、かつキャリアパスとしても確立している。これは社会的な認知度と制度の差だ」と述べた。加えて、ORがただの技術ではなく、“経済合理性を導くアルゴリズムを設計して運用できる人材”という評価軸に基づいて職務設計されている点も大きいという。
背景には、米国における教育と産業の連携の深さがある。INFORMSの年次大会では、スタンフォード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)といった有名大学のビジネススクールや工学系研究室が企業と共同出展しており、学術分野と産業界の人材循環が成立している。博士号(Ph.D.)を取得した学生が、そのまま企業のOR職に就くことも一般的で、実際に会場では企業が「Ph.D.歓迎」と明記している例も目立った。
日本においても近年、AIやデータサイエンスの普及に伴って数理最適化やORへの関心は高まりつつある。だが、ORがキャリアの選択肢として確立しているとは言いがたい。梅田氏は「この分野を担う人材が、社会の中で正しく認識され、職業としても評価される環境づくりが今後のカギになる」と強調し、今後は人材育成と制度整備の両面からのアプローチが必要であると述べた。
「OR」が日本でイマイチ地味な理由
一方、日本ではORという名称は専門家以外に浸透していないものの、梅田氏はGoogleの検索トレンドデータを示しながら、2017年以降「数理最適化」というキーワードの検索数は右肩上がりで増加していることを紹介した。

日本では依然としてOR(オペレーションズリサーチ)は影が薄いが、「数理最適化」の検索数はぐんぐんと増えている(筆者注:このことは、日本におけるORの偏りを示していると個人的には指摘したいが……)[クリックで拡大] 出所:グリッド
この背景には、日本の現場、特に製造業やインフラ分野で、長年の経験と勘に基づくオペレーションが属人的に維持されてきた事情が影響しているという。そのため、ベテラン社員の退職や人材の流動化が進む中で、判断ノウハウが継承されず、業務品質の再現性が低下するリスクが顕在化している。
こうした課題に対して、ORは現場で暗黙的に行われていた判断を数理モデルとして表現し、入力(状況)に対する出力(意思決定)をロジックとして再現することで、誰が操作しても同じ水準の成果を得られるようになる。さらに、最適化アルゴリズムを組み合わせれば、より高い成果を自動的に導き出す仕組みに転換することも可能だ。
近年では「熟練技術者の計画をAIで自動化したい」「属人化した判断基準を標準化したい」というニーズが、実務で頻繁に聞かれるという。こうした要求はかつての「働き方改革」や「業務効率化」の枠を超えて、今や「生産性の維持」と「技術継承」という経営課題に直結している。その上で、数理最適化を含むORの活用は、ベテランの判断が理論的に再構成され、次世代の技術者がその“考え方”ごと継承できるようになるとしている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.