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船を知らなかったグリッドが“AIで海事を拡大”できた理由船も「CASE」(1/3 ページ)

現在、海事関連システム開発ベンダーとして着実に業績を伸ばしているグリッド。しかし最初は、船の世界を知らない中で配船システムを開発しており、そこではさまざまな苦労があった。同社の導入実績と経過を通して、海事関連業界におけるAI利活用を含めたICTシステム導入の状況と現場の反応の変化を見ていこう。

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 『船も「CASE」』と名打った本連載の中で、筆者が執筆した記事にグリッドが登場するのは実は2回目になる。といっても記事のタイトルには出てこないので探しにくいかもしれない。出光興産の配船システムの開発を紹介する記事の中で、そのシステム開発ベンダーとしてグリッドは登場する。

 グリッドにとって、そのときが初めての海事関連企業との出会いであった。海事業界、というか、船の世界には長年にわたって蓄積され受け継がれてきた独特の“世界”がある。外の世界からすればその作法を理解するのにまず労力を要するが、それを会得して出光興産とともに配船システムを開発したときの苦労は先に紹介した記事で記した。

 この案件でICTになじみのなかった出光興産、いや、一企業にとどまらず海事関連業界にAI(人工知能)の技術とその効果を訴求したグリッドは、その後、海事関連システム開発ベンダーとして着実に業績を伸ばしている。

 今回は、グリッドの導入実績と経過を通して、海事関連業界におけるAI利活用を含めたICTシステム導入の状況と現場の反応の変化を見ていきたい。※)

※)取材は対面で2024年7月8日にグリッドのオフィスで実施した。

グリッドの宮本年男氏
今回の取材に対応していただいたグリッド エンジニアリング部 DS第2部 グループリーダーの宮本年男氏。出光興産の配船システムから開発に関わる同社海事開発のエキスパート[クリックで拡大]

独自視点で構築した“海運”デジタルツイン

 出光興産の依頼で2020年に初めて配船システムの開発に着手した後、グリッドは海事関連事業領域を着実に拡大している。近年では港湾オペレーション、コンテナ管理、さらには陸上輸送まで含めた包括的な物流最適化ソリューションの開発に取り組んでいる。

 配船関連システムでは、出光興産の他に日本郵船向けのプロジェクトでもタンカーの配船最適化で実績を積み重ねてきた。その後、取り扱う貨物の種類を拡大したことにより、多様な海上輸送形態に対応可能なシステムへと進化を遂げた。

 先に述べたように最近では、港湾オペレーションにも事業領域を拡大し、コンテナの在庫管理や配置最適化など、陸上での物流効率化にも取り組んでいる。これを契機に、現在は海運と陸運でそれぞれ個別に開発しているシステムを統合して、海上輸送と陸上輸送を一貫して最適化するマルチモーダルソリューション「ReNom multiModal」の開発にも着手しており、将来的にはより包括的な物流最適化システムの構築を目指している。

 配船システム構築においてグリッドは独自に構築した「デジタルツイン」技術をシステム最適化に用いている。このデジタルツインで再現された“海運の世界”は従来の海洋環境シミュレーションで用いられるデジタルツインの海洋モデルとは異なるアプローチでモデリングしている。そこでは、サプライチェーンの各要素(船舶、バース、貨物、施設など)を抽象化し、プログラム上で再現可能な「概念」として扱う。この方法により、複雑な海運オペレーションを柔軟にモデル化し、多様なシナリオのシミュレーションが可能となったという。

 グリッドのシミュレーションモデルは純粋な物理計算モデルではなく、社会科学的アプローチを採用しているともいえる。例えば、荷役作業のモデリングでは、作業工程を細分化し、各工程に必要な機材と作業効率を割り当てて積み上げていくことで、現実の海運オペレーションにより近似したシミュレーションが実現する。

グリッドのデジタルツインは業務オペレーションの解析から構築する
グリッドのデジタルツインは業務オペレーションの解析から構築する[クリックで拡大] 出所:グリッド
海運業務も物理計算ではなく業務ステップと所要時間などを積み重ねて構築している
海運業務も物理計算ではなく業務ステップと所要時間などを積み重ねて構築している[クリックで拡大] 出所:グリッド

 一方、気象条件による船舶の減速など物理的要因については、ユーザー企業のノウハウを活用したアプローチでシミュレーションモデルを構築している。各船会社の経験則に基づいてパラメーターを設定することで、より現実的で信頼性の高いシミュレーション結果を得ることに成功している。

 グリッドのAI最適化技術は、この独自視点で構築したデジタルツインの海運業務をベースとして最適な計画立案を行う。具体的には、配船計画や荷役計画の最適化において、移動時間や荷役時間のシミュレーション結果を活用し、効率的なオペレーション計画を提案する。

 デジタルツインとAI最適化を統合的に活用することで、グリッドは海運業界特有の複雑な問題に対して、より柔軟で効果的な“解”、具体的には任意の港を結ぶ最適航路の選定、気象条件を考慮した運航計画の立案、効率的な荷役計画の策定などを提案できるという(ただし、税関手続きなどの要素は考慮されていない)。

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