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デザインは発想型から実装型へ――絵に描いた餅で終わらせない、実装できるデザインの作り方設計者のためのインダストリアルデザイン入門(14)(3/3 ページ)

製品開発に従事する設計者を対象に、インダストリアルデザインの活用メリットと実践的な活用方法を学ぶ連載。今回は「デザインは発想型から実装型へ」と題し、絵に描いた餅で終わらせない、実装できるデザインの作り方について解説する。

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5.発想型デザインと実装型デザインを仕組みとして取り込む方法

 発想型デザインと実装型デザインの両方を取り込むための仕組みづくりについて考えます。

 筆者の所属する組織では現在、ISO 9001(品質マネジメント)とISO 56001(イノベーションマネジメント)を両輪とするマネジメントマニュアルおよび体制を構築し、発想型と実装型のデザインプロセスを一体的に運用できるよう取り組みを進めています。

 まず、品質を安定的に担保するための仕組みとしてISO 9001を用い、プロトタイプや製品の仕様/性能を確実に具現化するプロセスを整備しています。一方、ISO 56001は、探索的な価値創出活動を促進するための枠組みであり、ユーザー起点の発想や技術シーズからの着想を体系的に引き出す役割を担っています。

 この2つを統合的に活用することで、「ひらめき」や「直感」といった発想型デザインの要素が、単なるアイデアに終わらず、初期段階から製品化の実現性を見据えた実装型デザインへとつながる道筋を構造化することが可能になります。

 例えば、ISO 56001における「機会の明確化」で抽出された着想を、ISO 9001の観点から初期段階で技術的/品質的な検証にかけることで、早期に実現可能なデザイン案へと絞り込むことができます。これにより、手戻りやリスクを抑えながらも、創造的な挑戦を組織的に推進できるのです。

 このように、発想型と実装型を一連のプロセスとしてつなぎ、両者の橋渡しとなる評価やフィードバックの仕組みを明文化/制度化していくことが、「仕組みとして取り込む」上での鍵となります。

 もちろん、筆者の組織においても、この体制はまだ試行錯誤の段階にあります。しかし、「発想」と「実装」を行き来できる柔軟な運用体制は、今後の製造業において持続的な競争力を生み出す基盤になると確信しています。

「発想」と「実装」を分断せずに、行き来できる柔軟な運用が大切だ
「発想」と「実装」を分断せずに、行き来できる柔軟な運用が大切だ 出所:iStock/ismagilov

6.結論:実装型デザインで未来を切り開く

6-1.発想型から実装型への転換がもたらすメリット

 本稿を通じて見てきたように、実装型デザインは単に「現実的な落としどころを見つける」だけにとどまりません。設計や製造と連携しながら量産可能な形へと落とし込むことで、手戻りや誤解を減らし、製品の完成度と開発スピードを同時に高める力を持っています。

 さらに、実装型デザインは技術部門や製造部門、経営層との意思疎通を円滑にし、プロジェクト全体の進行を加速させます。その結果、「開発コストの削減」「市場投入までの期間短縮」「顧客満足度の向上」といった、製品開発における複合的なメリットにつながるのです。

6-2.エンジニアとして取り入れるべき具体策

 もし、エンジニアの立場から、実装型デザインを意識的に取り入れていくのであれば、次のようなアクションが有効です。

  • 企画段階からデザインを議論に加える
    初期フェーズから意匠やUXの視点を取り入れ、技術制約とすり合わせながら進める。デザインや設計を“一方の後工程”として扱わない
  • プロトタイピングを通じて実装性を評価する
    粗い段階での試作を繰り返しながら、早期に問題点を抽出する
  • 「実現可能性の言語」を共通に持つ
    デザイナーとの対話を密にし、構造や工法、部品精度といった観点での相互理解を深める

6-3.変化するモノづくりの現場で求められる姿勢

 従来型の「上流でデザイン、下流で設計」という工程分業の考え方は、既に限界を迎えつつあります。コモディティ化された市場ではそれがよしとされたこともあります。しかし、現代の製品開発においては、UXやブランド価値の一貫性、サステナビリティ、短納期開発など、同時に多くの条件を満たす必要があり、これを実現するには工程分業の考え方は非効率になり得ます。

 こうした状況において、実装型デザインの考え方は、単なる開発手法ではなく「横断的な問題解決の姿勢」として重要性を増しています。実装型デザインを取り入れるということは、エンジニアやデザイナーがそれぞれの領域に閉じこもるのではなく、互いの専門性を持ち寄り、対話と共創によって最適解を見いだしていくという行為そのものです。

エンジニアやデザイナーが互いの専門性を持ち寄り、対話と共創によって最適解を見いだしていくことが実装型デザインの実践といえる
エンジニアやデザイナーが互いの専門性を持ち寄り、対話と共創によって最適解を見いだしていくことが実装型デザインの実践といえる 出所:iStock/DanielFerryanto

6-4.発想/実装に限らず、デザインを軸にした次世代開発への期待

 最後に強調したいのは、「発想型か、実装型か」という2項対立ではなく、その両方を行き来できる柔軟な開発体制が重要だということです。発想から始まり、実装によって具現化され、その過程で得た知見が次の発想を生む――この循環こそが、次世代の製品開発におけるデザインの在り方です。

 日本の製造業が再び世界をリードするためには、創造性と実現力の両輪を持った「デザイン主導の開発」が鍵となるでしょう。デザインを単なる見た目の話にとどめず、「企画/設計/製造/UX」をつなぐ横断的な価値創造の手段として再定義すること――それこそが、これからの開発現場に求められる新しい常識なのではないでしょうか。 (次回へ続く

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Profile:

菅野 秀(かんの しゅう)
株式会社346 創業者/共同代表

株式会社リコー、WHILL株式会社、アクセンチュア株式会社を経て、株式会社346を創業。これまで、電動車椅子をはじめとする医療機器、福祉用具、日用品などの製品開発および、製造/SCM領域のコンサルティング業務に従事。受賞歴:2020年/2015年度 グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)、2021年/2017年度 グッドデザイン賞、2022年 全国発明表彰 日本経済団体連合会会長賞、2018 Red dot Award best of best、他

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