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デザインは発想型から実装型へ――絵に描いた餅で終わらせない、実装できるデザインの作り方設計者のためのインダストリアルデザイン入門(14)(2/3 ページ)

製品開発に従事する設計者を対象に、インダストリアルデザインの活用メリットと実践的な活用方法を学ぶ連載。今回は「デザインは発想型から実装型へ」と題し、絵に描いた餅で終わらせない、実装できるデザインの作り方について解説する。

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3.実装型デザインの概念とメリット

3-1.実装型デザインの定義とその特徴

 実装型デザインとは、アイデアを「実現できるカタチ」にすることに主眼を置いたデザインの進め方です。プロダクトの意匠や造形、人間中心の使いやすさのデザインにとどまらず、製造性、コスト、材料選定、保守、流通に至るまで、現実の制約を踏まえながら“できる(実現可能な)”アウトプットへと導くことを特徴とします。

 例えば、同じ「薄くて軽いポータブル機器」を目指す場合でも、発想型デザインでは「未来感のある薄型曲面ディスプレイ」など、まずは理想の形を自由に発想します。一方、実装型デザインでは、まず素材の加工限界や回路配置の制約、熱問題、落下耐性といった前提条件を踏まえながら、早い段階で現実的な形状と厚みに着地させていきます。

 もちろん、企画の初期段階から全ての制約や前提条件を盛り込むと、自由で豊かな発想が失われてしまいます。ただ、後戻りの少ない開発を目指すのであれば、発想と実装のバランスが重要であり、開発フェーズごとに何を技術的制約として考慮すべきかを、段階的に考える必要があります。

3-2.製品開発の効率化と市場投入までのスピードアップ

 実装型デザインの最大の利点は、開発工程全体を通じた「手戻りの削減」です。量産化/コスト/構造強度などを初期段階から考慮したデザインがなされていれば、後工程での仕様修正や部品再設計の発生頻度が大きく減少します。

 例えば、ある製品メーカーでは、企画初期段階からデザイナーがエンジニアの意見を取り入れ、強度設計と成形性を考慮して外装デザインを詰めていった結果、初期のデザインデータそのままで、金型出図まで進めることができたというケースもあります。これだけでも、デザイン部門と製造部門の信頼関係やリードタイムに大きな影響を与えます。

 製品開発において「早く出す」ことは、「良いものを出す」ことと同じくらい価値があります。実装型デザインによって、あらかじめ量産や部材選定まで想定している場合、設計承認後の量産移行がスムーズに進むため、トータルの開発期間を短縮できます。

 その結果、市場投入のタイミングを逃さず、競合に対して先手を打つことが可能になります。特に、プロダクトライフサイクルが短い市場においては、このスピード感が製品の成否を分ける大切な要素になり得ます。

製品開発の初期段階からエンジニアの意見を取り入れ、量産化/コスト/構造強度などを考慮したデザインがなされれば、設計承認後の量産移行もスムーズに進む
製品開発の初期段階からエンジニアの意見を取り入れ、量産化/コスト/構造強度などを考慮したデザインがなされれば、設計承認後の量産移行もスムーズに進む 出所:iStock/justocker

3-3.実装型デザインによる成功事例

 あるモビリティメーカーでは、新たな電動モビリティ製品の開発に際し、プロジェクト初期から設計チーム、デザイン部門、さらには製造技術チームまでを含めたクロスファンクショナルな体制を構築しました。各部門がバラバラに動くのではなく、あくまで「共通の開発ゴール」を中心に、プロトタイピングを軸にした協働が行われました。

 外装の意匠設計を進める段階では、意匠性に加えて、操作性や搭乗時のユーザー姿勢、耐久性など、デザインと設計の複合的な観点から何十回にもわたる試作と検証が重ねられました。特徴的だったのは、デザイン案が図面上で合意された後も、現物プロトタイプを用いて握り心地や視認性を繰り返しチェックし、都度アップデートを重ねていた点です。

 その結果、製品は見た目にも洗練されていながら、実使用での快適性やメンテナンス性、さらに量産工程における組み立てのしやすさまで配慮されたものに仕上がりました。顧客からは美しい外観だけでなく、ユーザー目線に立った操作性や機能性に高い評価を受け、デザイン賞の受賞にもつながる成果となりました。

 この事例が示しているのは、実装型デザインの力は単に「カタチにできる」というだけでなく、製品の多面的な完成度を底上げし、市場での競争力そのものに直結するということです。

実装型デザインは単に「カタチにできる」というだけでなく、製品の多面的な完成度を底上げすると同時に、市場での競争力を高めてくれる
実装型デザインは単に「カタチにできる」というだけでなく、製品の多面的な完成度を底上げすると同時に、市場での競争力を高めてくれる 出所:iStock/Yakobchuk

4.実装できるデザインの作り方――プロセスと実践法

4-1.企画フェーズでのデザイナーとエンジニアの連携

 実装型デザインを実現するためには、企画段階から「設計できる前提での発想」が求められます。そのためには、デザイナーや営業だけでコンセプトを練るのではなく、エンジニアや購買、製造といった周辺部門とも早い段階から議論の場を設けることが重要です。もちろん、デザイナー自身が製造技術に関する知見を豊富に有していても構いません。

 筆者の経験上、「この外装の固定方法ってどうすればいい?」「この部品分割の隙間ってどれくらいの精度を想定しているの?」といったやりとりが、最初のアイデア出しの場で飛び交っているプロジェクトは、総じて失敗が少ない傾向にあります。

 製品の完成度は、エンジニアとデザイナーとの間に信頼関係が築けているかどうかに左右されます。デザインに対する技術側の突っ込みが「敵意」ではなく「建設的な提案」として扱われる文化が重要となります(言うまでもなく、その逆もしかりです)。

4-2.初期コンセプトの具体化とプロトタイピング

 とはいえ、議論ばかりに時間を費やしていては、製品開発は前に進みません。アイデアは、早く、安く、粗く形にして試すに限ります。プロトタイピングは発想型デザインでも用いられる手段ですが、実装型デザインを進めるに当たっても重要です。ただし、異なるのはプロトタイピングの評価視点です。

 発想型デザインでは、しばしば顧客の評価に注目が集まりますが、実装型デザインにおけるプロトタイピングは、内部構造や組み立て性を踏まえた製作をするため、結果として技術的な評価も兼ねることになります。

 最近では、3Dプリンタや簡易加工機によるモックアップ作成が一般化しており、初期段階での検証のハードルは大きく下がっています。そのため、議論だけでは見えてこない技術的制約を、プロトタイピングを介して抽出することが容易になりました。

 実装型デザインでは実現性を加味するものの、プロトタイピングのフェーズでは「完璧さ」を求め過ぎないことです。むしろ、粗くても現場に持ち込めるモデルを用意することで、実際の使用状況で生じる気付きを早期に得られるのです。

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