日本の自動車産業が直面する深刻な閉塞感、今後に向けてどう考えていくべきか:和田憲一郎の電動化新時代!(55)(3/3 ページ)
日本の自動車産業は現在、深刻な閉塞感に直面しているのではないだろうか。最大の課題はEVシフトで遅れていることだが、他にもさまざまな懸案がある。今後どのようなことを考えていくべきかについて筆者の考えを述べてみたい。
プランBを考えるべき
日本の自動車産業の閉塞感を打破するためには、筆者は経営統合が望ましいと考える。しかし、個々の企業でそれが実現できない場合、中国や米国の競合に対抗するための「プランB」を立案/実行することが必要ではないだろうか。
これまでのICEベースの開発システムを「プランA」とすると、プランBはEVシフト時代に対応した開発システムを目指すものである。自動車メーカーは、100年以上に渡って、内燃機関車を開発するために、各国の法規や国際規格を満たす社内設計基準や社内試験基準、さらには社内ガイドライン等を作成し、それを基盤としてきた。
しかし、BEVが登場してからも、内燃機関の内容を一部電動化に置き換えることで対応してきたのではないだろうか。BEVが誕生して15年が経過した今、EVシフトに対応した新たな社内設計基準や社内試験基準などを、一から作り直す時期が来ていると思われる。
例えば、EVシフトの基幹部品であるモーター、インバーター、トランスミッションなどは、従来の内燃機関車両の設計基準とは異なる点が多い。モーターは水冷方式を採用することが多く、一定の温度範囲内で回転している。低速や高速といった状態の違いはあるものの回転運動のみであり、劣化が生じる要素は極めて少ない。筆者の経験からも、各種耐久試験においてモーターに問題が生じたことはほとんどない。そのため、車両の保証期間(例:8年または16万km)において故障する確率は極めて低いと考えられる。モーターサプライヤーとの面談でも、100万km走行可能であるとの話を聞いたことがある。車両の寿命に対して、ある意味オーバークオリティーとなっている。
このように、EVシフトに合わせた社内設計基準や社内試験基準を一から見直すことで、部品メーカーに対する要求仕様も変わり、大幅なコスト低減に繋がる可能性がある。中国勢の大幅なコスト低減を見ていると、この手法を採用しているかどうかは不明だが、かなり割り切った設計手法を取っているように思われる。
合従連衡のチャンス
SDVの時代において、規模の経済は極めて重要であり、ホンダと日産自動車の経営統合が実現しなかったことは残念である。しかし、執筆中に台湾の鴻海精密工業がホンダに協業を提案したとの情報が入ってきた。この協業スキームでは、ホンダのみならず、日産自動車や三菱自動車を含む4社での提携が模索されているようである。2社の統合が破談となった直後であるため、心理的な影響が懸念されるが、筆者はSDV時代に対応するためには、日本の自動車メーカーとIT企業、もしくは電気/電子企業との提携や経営統合が最も適切と考えている。
さらに、このような八方塞がりの状態では、自動車部品メーカーにとっても合従連衡のチャンスである。例えば、e-Axleに関して、欧州や中国の部品メーカーは社内で完結しているが、日本の場合、複数の部品メーカーが協力してe-Axleを開発/製造している。コスト競争力、スピード、技術開発力などを考慮すると、1社で行う方が効率的であることは明白である。ぜひとも、部品メーカー同士の合従連衡により、競争力のある体制を構築していただきたい。
まずはEREVを開発して、市場投入を
中国発で市場拡大し始めたEREVは一過性の問題ではないと思われる。中国勢に続いて、既に欧米の自動車メーカーも開発に着手し、販売を狙っている。日系自動車メーカーや部品メーカーもこのようなトレンド変化をウォッチし、開発や市場投入に繋げることが必要ではないだろうか。
上述の通り、八方塞がりの状況と幾つかの対応策について述べた。早急に取り組むべき事項も存在するが、総じて、このような閉塞感のある状況下では、脚下照顧のごとく、現在の状況を再評価し、これまで是とされてきたものが今後も是とされるべきかを再考する機会と捉えるべきではないだろうか。
筆者紹介
和田憲一郎(わだ けんいちろう)
三菱自動車に入社後、2005年に新世代電気自動車の開発担当者に任命され「i-MiEV」の開発に着手。開発プロジェクトが正式発足と同時に、MiEV商品開発プロジェクトのプロジェクトマネージャーに就任。2010年から本社にてEV充電インフラビジネスをけん引。2013年3月に同社を退社して、同年4月に車両の電動化に特化したエレクトリフィケーション コンサルティングを設立。2015年6月には、株式会社日本電動化研究所への法人化を果たしている。
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