「このままでは海運の物流不全は不可避」に気付かされた海技研の内航研究:船も「CASE」(4/4 ページ)
内航海運は日本の物流を支える重要な基盤だが、船員と船舶の高齢化が進んでおり、この状況を放置すれば物流不全は不可避だ。海上技術安全研究所(海技研)の第24回講演会では、内航海運が抱える問題の解決策として海技研が取り組んでいる研究に関する進展状況が紹介された。
ゼロエミッションと遠隔技術で内航海運を革新するSIM SHIPプロジェクト
外部講演で登壇した内航ミライ研究会(以下、ナイケン)は、内航海運業界の課題解決に向け、環境負荷の削減、安全性の向上、労働環境の改善を目指す有志の団体だ。2020年の法人化以降、スマートアシストシップ「りゅうと」や「simSHIPワン」など、技術革新を促進する船舶の開発とアップデートを実施している。また、船員に優しい技術や機器の導入、CO2削減を視野に入れた既存船省エネ改修の研究にも取り組む。先に挙げた実験船による実証を重ねてその成果を基に情報を発信することで、現場の知見を社会実装に生かすことを目的としている。
内航海運は持続可能な産業へと進化するために多くの課題を抱えている。特に、人数が足りないだけでなく他の産業と比べても高齢化が著しい船員、船員同様に利用年数が長い“高齢”の割合が多い内航船舶の問題は深刻で、その解決のために労働環境の改善、そして環境負荷の低減など、業界全体の競争力向上に直結する重要な課題と捉えている。ナイケンはこれらの問題において、一体的な解決を目指した取り組みを進めている。
内航船の労働環境改善では、船員の労働負荷軽減や全世代での技術の平等な活用を目指す。同時に、地球環境への配慮として、省エネやCO2削減にも注力。特に小型内航船においては、レトロフィット技術を活用して環境性能を高める試みが進行中だ。
ナイケンは、スマートアシストシップ「りゅうと」や「SIM SHIP mk1」などのコンセプト実証実験と成果の情報発信に用いる船舶を開発し、それを基盤に新技術の適用を目指している。
コンテナ型バッテリー「MIRAI-Battery」では、「SIM SHIP mk1」の甲板に設置して運用することで停泊荷役時のゼロエミッションを目指している。このバッテリーは、船舶だけでなく陸上でも活用可能で、BCP(事業継続計画)への貢献も期待されている。
また、労働負荷を軽減する遠隔操作技術や、電動ウインチ、ジェットスラスターなどの新技術を複合的に組み合わせることで、船舶の運用効率を向上するとしている。講演では、従来9人体制で対応していた離着桟作業を6人体制で対応できるコンテナ船を新造し、実証実験を2025年11月から開始する予定であることが紹介されている。
今や業界問わずに人手不足が叫ばれて久しい。内航海運もその例に漏れないが、今回の講演会で示された内航海運に携わる船員の年齢構成を示すグラフでは、50歳以上が半数近くを占め、60歳以上でも4分の1を超える。労働負荷が高い入出港が頻繁に行われ、それに伴って荷役回数が多く、1隻当たりの船員が少ない小型船が内航海運の多数を占めることを考えると、高齢者にはあまりにも過酷すぎるのではないかと思わざるを得ない。まさに異常な状況であると同時に、安定した内航海運の維持が困難な状況に陥る目前といえる。
そのことを思えば、日本の動脈といえる内航海運を正常に機能させるためにも、本記事で取り上げた研究開発の重要性は多くの人に理解してもらえるのではないだろうか。
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