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排出削減の経済合理性や効果を見極める、日本郵船グループの取り組み船も「CASE」(1/2 ページ)

日本郵船グループで技術開発を担うMTIでもGHG削減への取り組みにおける優先度は高い。国際海運におけるGHG排出削減の動向と、その動向が海運事業に及ぼすインパクト、そして、GHG削減を進める開発で重要となる「GHG排出量のシミュレーション」と「排出削減効果の推定技術」について紹介する。

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 海運はその活動において“膨大な”温室効果ガス(GHG、Greenhouse Gas)を排出する。これが、環境保全を希望する現代の社会から強い非難を受ける理由となっており、海運に携わる組織はすべからくGHGの削減に取り組むべしと要求されている。

 日本郵船グループで技術開発を担うMTIでもGHG削減への取り組みにおける優先度は高い。同社の研究開発成果を紹介するイベント「Monohakobi Techno Forum 2023」でも最初の講演テーマに選ばれた。同社 船舶物流技術グループの前田佳彦氏が、国際海運におけるGHG排出削減の動向と、その動向が海運事業に及ぼすインパクト、そして、GHG削減を進める開発で重要となる「GHG排出量のシミュレーション」と「排出削減効果の推定技術」について解説した。

先行するEUの動向

 前田氏は、国際海運におけるGHG排出削減の動向について、基本的な指標となるIMO(国際海事機関)のGHG削減戦略2023年版の内容を挙げている。そこでは、2030年までにHC(炭化水素)排出効率を2008年比で40%まで削減し、2040年までには2008年度比でGHG排出量を70%削減することを目標としている。さらに、2050年ごろにはGHGネット排出量ゼロ、すなわちゼロエミッションを目指す計画が策定されている。

 前田氏は脱炭素の取り組みで先行しているEUの動向を紹介した。EUでは、2024年からEU ETS(欧州連合排出量取引制度)が始まり、2025年からは炭素課金制度「EU Maritime」の導入が予定されている。この動きに追従する形で、2027年ごろには全世界的なGHG削減対策の検討がIMOによって進められる見込みだ。

 EU ETSについては、年間のCO2排出量に相当する排出枠の購入と償却が求められるという。導入直後の2024年は排出量の40%、2025年は70%、そして、2026年には100%の導入が予定されており、2026年以降はGHGが対象となる予定だ。

 従来タイプの重油を燃焼する機関を運用し続ける場合、これから定まる規制に準拠するためには、排出権=カーボンプライシングが必要になる。その購入価格は2050年に重油1トン当たり2000ドルを超えるという試算も出ている。そのため、「高性能な低消費燃料での運航の合理性が高まると考えられる」(前田氏)という。

GHG削減のポテンシャルを分析

 前田氏は、“高性能な低消費燃料での運航”におけるカーボンプライシングを反映した経済功利性の試算結果も挙げている。それによると、重油も2030年までは経済的に合理的な選択だが、2030年を超えるとLNGの経済合理性が高まり、2040年以降はアンモニアが合理的な燃料の選択になるとされている。


EU動向から推定されるコストインパクト[クリックで拡大] 出所:MTI

 前田氏は、このような動向に対応するためにMTIが取り組む開発の一環として、DHC(ディーゼルハイドロカーボン)排出量のシミュレーションと排出削減効果の推定技術を紹介している。これらの技術は運航要素、規制要素、技術開発要素を考慮し、排出量やリプレース計画、キャペックス(設備投資)を予測するために用いられるという。

 MTIでは、船舶の形式やタイプ、建造年代ごとに、船体の抵抗、推進、電力、燃料などの要素に分解してGHG削減ポテンシャルを把握する。GHG削減ポテンシャルに関しても、投資回収期間とGHG削減ポテンシャルの関係をシミュレーションによってグラフ化することで把握し、削減コストが低い対策から順に実施していくとしている(このグラフで描かれる線を「MACカーブ=限界削減費用曲線」と呼ぶ)。


船舶ごとに抵抗や機関、電力、燃料などの要素に分解。対策ごとに投資回収期間を縦軸、GHG削減ポテンシャルを横軸とした棒グラフで表し、限界削減コストが低い対策から順に並べてアクションを促す[クリックで拡大] 出所:MTI

 「船舶の建造や改造=投資」においては、その価格の大きさと運航期間の長さから、どうしても「投資回収」を留意する必要があった。そのため、従来では投資回収期間が長いために導入が見送られていた技術というものもあった。しかし、船舶性能の向上と燃料コストに加えてカーボンプライシングを考慮することで、エネルギー効率の向上により効果が大きくなるおかげで、今まで導入できなかった対策も可能になる。

 また、大規模なゼロエミッション燃料の導入は経済合理性を考慮する必要があるが、そのためには本船の“個別条件”を反映してそれぞれにライフサイクルコストをシミュレーションして燃料転換を検討する必要がある。加えて、2030年、2040年と段階的に効果が大きくなって、段階的にカーボンプライシングのインパクトが大きくなるため、導入タイミングやよっては効果が見込めるケースや、船舶のライフサイクル全体を見据えた効果を検証する必要があるケースが出てくる。

 「2030年、もしくは2020年初頭のコストだけを考えるのではなく、インパクトが大きくなる2040年代後半を見据えてGHG排出量、燃料消費量、トータルコストをさまざまなシナリオでシミュレーションする計画的なアクションが必要だ」(前田氏)

 この段階で要求されるのが、まさにこの講演で前田氏が2番目のテーマとして掲げた「排出削減効果の推定技術」だ。この技術では、運航プロファイルや本船特性を考慮した投資効果を把握し、データ収集と解析により実際の運航性能や船体動揺、航行する海域の海象などさまざまなモデルを反映した燃料消費量を推定する。

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