「原因究明」「過失捜査」どちらが優先? 海難調査の“法的”事情:船も「CASE」(1/3 ページ)
航空機事故や海難事案ではしばしば「事故原因調査を優先すべき」「責任処罰捜査を優先すべき」という議論がなされるケースが多い。ここで注意したいのは、事故原因調査と責任処罰捜査は必ずしも相反するものではなく、両方が適切に組み合わせられることが“国際標準の事故調査メソッド”において認められていることだ。それぞれが独立してなされることで、より包括的な事故対応が可能になるとされている。
交通システム事故調査の法的事情をシステム開発者の視点で読む話
2024年1月2日に発生したJAL機と海上保安庁所属機の衝突事故は、中継された映像と、その前日に発生した能登震災救援活動と関連して起きたことなどから社会に大きな衝撃を与えた。そのような事情もあってか、発生直後からこの事故を巡って世論では、事故原因調査を優先すべきか、責任処罰捜査を行うべきかという2つの意見が数多く投稿されたのは記憶に新しい。
この事案は航空機事故の議論であるものの、海難事案でも同様の原因究明調査と責任処罰捜査の優先順位に関する議論が古くから今に至るまでなされてきた。
航空機事故や海難事案ではしばしば「事故原因調査を優先すべき」「責任処罰捜査を優先すべき」という議論がなされるケースが多い。事故原因調査を優先すべきとする意見では、再発防止のために事故の根本原因を明らかにすることが最も重要とする一方で、責任処罰捜査を優先すべきとする意見では、責任の明確にして適切な法的措置を講じることで事故の被害者やその家族が適切な補償を受けることができることが重要と主張する。
なお、ここで注意したいのは、事故原因調査と責任処罰捜査は必ずしも相反するものではなく、両方が適切に組み合わせられることが“国際標準の事故調査メソッド”において認められていることだ。それぞれが独立してなされることで、より包括的な事故対応が可能になるとされている。
システム開発者にとって、交通機関で発生した事故原因調査は一見無関係に思えるかもしれない。しかし、「システムの不具合を原因とする事故」という視点では共通の課題を持っているともいえる。その意味も含めて、この記事では、海難事案という「甚大な影響を残したシステム不具合」の事故原因調査と責任処罰捜査の関係を法的な位置付けと日本における原因究明調査体制の問題点から考えていく。
SOLAS条約XI-I第6項とMSC255(84)が掲げる事故調査の目的とは
ここまで読んで多くの読者は「ん? 国際標準の調査メソッドってなんぞ?」となっているだろう。
現在、海難事案に限らず航空機事故、鉄道事故といった発生することで広範囲に甚大な影響を及ぼす交通システムの原因究明について、全世界的に共通な手法を策定する動きが一般的となっている。海難事案に関しては、国際海事機関(IMO)によってSOLAS条約(海上における人命の安全のための国際条約)XI-I第6項で「海難事案の原因調査における原則」が2008年10月に策定されている。
この条文では原因調査方法として「IMO 海上安全委員会決議 MSC.255(84)」(海上事故及び海上事故の兆候についての安全調査のための国際標準及び勧告方式のコード:事故調査コード。この記事では航空機事故や鉄道事故と区別するため「MSC.255(84)」と呼ぶ)への準拠を求めている。日本でもこの国際基準に準拠するために「運輸安全委員会」を2008年10月に設立し、国際基準にのっとった海難調査をしている。
SOLAS条約XI-I第6項は、船舶事故の原因調査に関する国際的な基準を定めた条項だ。この条項により、IMO加盟国は海難事案およびインシデントに対して、国際基準に準拠した調査を行うことが義務付けられた。具体的には、「事故の原因を特定」し、「将来の事故を防ぐための推奨事項を提供」することを求めている。この条項の導入により、事故調査の透明性と一貫性が向上し、海上の安全が促進されるとIMOでは説明している。
MSC255(84)は、SOLAS条約XI-I第6項に基づいて策定された、船舶事故調査に関する国際基準の「IMO船舶事故調査コード」(コード=準拠を推奨するガイドライン)という位置付けになる。このMSC255(84)では特に、「事故調査の独立性」「透明性」「国際協力の重要性」を強調している。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.