東洋信号通信社が「AIS」を集めてWeb配信する理由:船も「CASE」(3/3 ページ)
現代の船舶が航行する際に必須とされる「AIS」情報を提供する日本の有力企業の一つに東洋信号通信社がある。1932年7月設立の同社は、なぜAIS情報を集めてWeb配信するようになったのだろうか。
2004年9月からAISサービスの提供を開始
船舶動静を入手する進化した手段の一つが、インターネットによるAISデータの収集と配信ということになる。
「AIS(Automatic Identification System)」は、自分の船の情報を161.975MHz、もしくは、162.025MHzのVHFで送信する一方で、他の船が発信したデータを受信し、さらにAISデータを表示するシステムを利用することで送信している船の動静を把握する。送信するデータにはAISを送信する船舶の位置情報(緯度経度)に対地針路、対地速度、船首方位、航海の状態(航行中か投錨/係留中か、など)、回頭率といった船舶の航行関連データに加えて、船名や船の種類(貨物船かタンカーか客船かその他かなどなど)、そして、危険貨物を積んでいるときはその種類や目的地、到着予定時刻が含まれる。
TSTによるAISサービスの提供は2004年9月から行われている。TSTが自前で設営したAISデータの受信局で船舶が発信するAISデータを収集してインターネット上で配信するサービスだ。この情報は、港湾物流や海運業界にとって非常に重要な意味を持つ。船は、港が混雑していて入港が遅れる、悪天候で針路を変更するなどスケジュール通りに動かないことも多々ある。AISはリアルタイムで船の動静が把握できるので、陸側の企業は自社の船がどこを航行しているかを正確に把握できるだけでなく、他社の船舶状況まで含めて俯瞰できるので、海事関連企業や港湾関連企業にとって非常に有益なデータとなる。
「当社の業務では、双眼鏡を使って各船舶の状況を確認することがしばしばあります。しかし、霧が出て視界が悪くなってくると、双眼鏡で見てもはっきりとは分かりません。また、日が暮れれば、レーダーで船の存在を認知したとしても、その船、というよりも、レーダースクリーン上で動いているその物体が何者であるのかを特定することは困難です。そんな中、2000年代の初頭にAISが日本にも入ってきました。そこで、当社でもAISを入手して試験運用してみたところ、業務を遂行する上で非常に有効なツールであるということが分かりました。このことから、当社は日本の主要港にある当社の事業所にAISの受信設備を自社用に設置していきました。これが当社のAIS事業の始まりです。その後、当社は日本全国にAIS受信設備を増設してゆく傍ら、収集したAIS情報を海事関係者にも提供するようになり、今に至ります」(坂野氏)
坂野氏によると、受信局の設置はTSTの業務を補助するために東京湾から始まり、次いで需要が見込まれる大規模港湾を優先的に整備していった。2024年5月時点で受信局は107局を数え、日本沿岸をほぼカバーしている(北海道宗谷港から厚岸港沿岸を除く。なお、福江島南西沿岸沖は提供計画エリア)。受信範囲は沿岸から30海里から50海里に及ぶ。
取り扱うAISデータ件数は1日当たり4000万件に達する。TSTとしては航行区分でいう“沿海区域”(陸岸からおおむね20海里以内)のカバーを目標としている(ただし、朝鮮半島周辺海域は含まない)。
インターネット上でAISデータを提供している企業は複数あるが、TSTが配信するAISデータは相対的に更新頻度が高い。これは、TSTが陸上に設置した受信局網が充実しているために、日本沿岸を航行する船舶が発信するAISデータをきめ細かく受信できているためだ。「AIS受信局をどれだけ密に、そして、いい場所に設置できるか。これに尽きると思います」(坂野氏)。
これらの膨大なAIS情報は、TSTが提供する「AISデータ送信サービス」で配信される他、外航船の入出港情報を提供する「入出港情報データ・サービス」や「PORT WEB」の情報ソースの一部となっている。また、リアルタイムAIS情報サービス「Shipfinder」やAIS航跡作図ソフト「AISReplay」などのサービス/商品を通じて、より分かりやすい形にして提供されている。
最近では、IT事業者を中心に新しい業態からの引き合いも増えているという。そこでは、「個別の船が何時に入出港するのかというような情報が目的ではなく、統計的な処理に投入することを目的とした利用が非常に増えています」(坂野氏)とのことで、それらがDX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)といった新しい利活用の窓口としてIT事業者との連携が増えているという。
船舶の動静情報は当初航海の安全確保を目的として開発された。その技術の進化は当初の目的を果たしつつも(漁船やプレジャーボートなどへの普及において、まだ道半ばといえる)、当初の目的を超えて港湾業務の効率化から、膨大なAISデータの分析による市況状況予測や航海における危険海域の解析など、その活用範囲は船舶間の航行情報共有による航海の安全確保だけにはとどまらない、海事関連事業全般の進化にもつながりつつある。
その基礎データの提供プラットフォームとして、TSTの役割は今後より一層重要になるだろう。
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