R&Dや治験にも生成AIを 中外製薬が進める生成AI開発/活用環境の構築:製造ITニュース
アマゾン ウェブ サービス ジャパンは生成AI活用基盤「Amazon Bedrock」を活用した中外製薬による事例紹介について合同取材を実施した。
アマゾン ウェブ サービス ジャパン(AWSジャパン)は2024年11月21日、生成AI(人工知能)活用基盤「Amazon Bedrock」を活用した中外製薬による事例に関する発表会を実施した。中外製薬による生成AI活用の基盤構築、環境整備の取り組みについて紹介した。
社員の利用率も増加中
中外製薬 参与 デジタルトランスフォーメーションユニット長の鈴木孝雄氏は、製薬業界全体が直面する課題として、1つの新薬創出に要するコストの高騰とR&D(研究開発)の生産性低下という2つがあると指摘した。新薬の臨床試験と審査にかかる期間は約96.8カ月と推定されるが、一方で臨床試験の成功確率は11.8%程度しかない。これを踏まえて開発失敗時のコストを勘案すると、1製品発売までのコストは現状では約25.6億ドル(約3888億円)と膨大な費用を要する。さらに大規模製薬会社であるメガファーマのR&D生産性は2010年から2020年の10年間で約6分の1に低下しているという調査もある。
鈴木氏は「こうした状況のパラダイムシフトがAIの力で起ころうとしている」と指摘する。AIを活用することで創薬期間の短縮や開発費用の低下、成功確率の向上などで成果が出ると見込む。中でも中外製薬が注目するのが生成AIの可能性だ。「人と組織の可能性を解放するパートナーだと生成AIを捉えて、医療の未来を切り開き、人々に新たな可能性を届けていけると考えている。そのために生成AIをビジネスでどう使っていくかを社内で議論している」(鈴木氏)
具体的なユースケースとしては、R&D領域における論文の探索や利活用の効率化、標的分子探索への活用などを想定する。この他、臨床プロセスでの非構造化データの構造化や、長期に及ぶ臨床計画のデザイン、試験の関連文書やQ&A、各種申請書の作成アシストなどでの活用が考えられる。
こうした多岐にわたる活用を支援するために、中外製薬ではCoE(センターオブエクセレンス)として「生成AIタスクフォース」を組織している。生成AI導入/開発プロジェクトの支援や、自社生成AI構築推進、生成AIの基盤構築推進、生成AI人材の育成支援、生成AI活用に伴うガバナンス整備などを担う。
具体的に見ていくと、生成AI導入/開発プロジェクトの支援では、自社開発の社内AIアシスタント「Chugai AI Assistant」と検索拡張生成(Retrieval Augmented Generation:RAG)の技術を組み合わせて、プロジェクトに関連した過去事例や資料検索を行いやすい環境を整備した。治験計画届提出後の照会対応で医薬品医療機器総合機構(PMDA)に提出する回答案のドラフト作成支援などに活用する案もある。
Chugai AI Assistantは週ペースで新機能をリリースしており、現在、1日当たり1000〜1500人が利用している。社員の利用率は上昇傾向にあるという。
中外製薬では、AWS Bedrockを中心としつつ複数のクラウド基盤を扱えるマルチクラウド環境「Chugai Cloud Infrastracture」を整備している。用途に応じて複数の生成AIモデルを使い分け、サービスやアプリケーションなどを開発できる環境を構築した。開発体制面でも、AI開発プロジェクトでは全面的にアジャイル開発による内製化を進め、現場を巻き込んで迅速にAIを実装できるようにしている。
また、鈴木氏はアジャイル開発の実現において、特にAmazon Bedrockを活用する場合はAWSの専門家によるサポートサービス「AWS プロフェッショナルサービス」が大きく貢献していると説明した。「最初期は開発の2割程度しか自社内で対応できず、残りの8割はほとんどAWSに頼っていたと思う。私たちには、なくてはならないサービスだった」(鈴木氏)
生成AIの活用に伴い想定される知財/著作権侵害など6領域のリスクを防止するためのガイドライン整備などを進めている。ガイドライン作成に当たっては、各国の規制動向や自社内のユースケースに変化があれば、それに応じてアップデートしやすいように仕上げた。2023年の5月から整備を進め、2024年8月に最終的なガイドラインを発行した。
中外製薬では生成AIの活用アイデアを社内募集しており、開始から数カ月で約900件の収集に成功したという。このうち、約29件がPoC(概念実証)中/実施済み、14件が本番開発中/開発完了のフェーズにある。短期間でアイデアを検証し実装まで行うサイクルを繰り返すことで、生成AIの社内での民主化促進を目指す。
今後の展望として鈴木氏は「業務に特化したAIエージェントの構築や、社内の貴重な情報を使ったRAGの活用拡大にさらに取り組んでいきたい」と語った。また、RAGを活用することで研究開発や臨床分野で暗黙知化していた知見を、従業員が能動的に引き出せる環境の構築なども検討している。Amazon Bedrockに関しては、製薬業界独自のコンプライアンスやデータセキュリティの担保のため「Amazon Bedrockガードレール」の活用も視野に入れているとした。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 生成AIで独自の価値創出を、中外製薬が狙うR&Dプロセスの革新
中外製薬は同社のDX推進に関する説明会を開催した。本稿では同社の生成AI活用に関する発表を抜粋して紹介する。 - AWSの生成AI基盤「Amazon Bedrock」で、竹中工務店は“デジタル棟梁”開発目指す
AWSは2023年10月3日、生成AIの活用基盤を提供するクラウドサービス「Amazon Bedrock」の東京リージョンでの利用を開始すると発表した。 - 技術ありきで生成AIは導入しない、日立が見据える「DX2周目」の堅実な戦い方
大手企業を中心に進む「生成AI」の導入。一方で「技術ありきの改革」に陥らないようにするにはどうすればよいのか。日立製作所の吉田順氏に、同社の生成AI活用の現状と併せて尋ねた。 - 自動運転の性能向上へ、ボッシュとマイクロソフトが生成AI活用
ボッシュはマイクロソフトと生成AIの活用で提携した。 - 日立が生成AI活用支援サービス開始、Lumadaで蓄積したDXの知見を提供
日立製作所は、生成AIの導入やRAGの構築、生成AIのスキルを備えたエンジニア育成などを支援する「生成AI活用プロフェッショナルサービス powered by Lumada」の提供を開始した。 - “超高速”でアイデアを具体化 DNPが「生成AIラボ」で目指す共創活動
生成AIに関心を示し、自社サービスや業務への導入を検討する製造業は多い。だが、生成AIで何かできるのか、どういったサービスを作れるのかをイメージし、具体化していく仕組みが社内にあるだろうか。そのための仕掛けとして、東京都内に生成AIの共創施設をオープンしたDNPの和田剛氏と大竹宏之氏に話を聞いた。