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技術ありきで生成AIは導入しない、日立が見据える「DX2周目」の堅実な戦い方製造業×生成AI インタビュー(1/3 ページ)

大手企業を中心に進む「生成AI」の導入。一方で「技術ありきの改革」に陥らないようにするにはどうすればよいのか。日立製作所の吉田順氏に、同社の生成AI活用の現状と併せて尋ねた。

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 大手企業を中心に、「生成AI(人工知能)」の導入を急ピッチで進める動きが広がっている。生成AIが今後の産業界に与えるインパクトは疑いようがなく、こうした動きは道理といえる。

 一方で、新技術の導入に当たっては「その技術で何ができるのか」「その技術で何をしたいのか」を社内で冷静に議論することも大切だ。単に技術を取り入れるだけでは、十分な導入効果を得ることは大変難しいだろう。当然のことではあるのだが、「生成AI」がバズワード化した現在、改めて心に留めておくべきことでもあるのではないか。

 この点を強く意識しているように感じられるのが、日立製作所(以下、日立)による生成AI活用の取り組みだ。日立は2023年5月、生成AIの利活用を推進するCoE(Center of Excellence)組織「Generative AI センター」を設立した。

 Generative AI センター センター長の吉田順氏は、「生成AIに関する議論が、少し前のDXで良く見られた技術ありきのアプローチに陥ってしまっているのではないか」と形容した。では、日立はそうした状況を避けるためにどういう取り組みを行っているのか。同氏に、日立グループの生成AI活用の現状を尋ねた。


日立の吉田順氏 出所:日立

単に「生成AIを使いたい」じゃない

 Generative AI センターは日立グループ内外での生成AI活用の推進活動を担う組織だ。社内向けでは従業員による業務内での、社外向けでは顧客への事業展開の中でそれぞれ生成AIを利用していくことを目指している。

 まず、社内向けの取り組みを見ていこう。日立はマイクロソフトが提供する「Azure OpenAI Service」を介して、ChatGPTベースの利用環境を構築しており、現在、日立グループ従業員の内、2万人弱がこの環境を使えるようになっている。この「2万人弱」という数字には、デジタル関連の事業を担うDSSセクターに属する従業員が多く含まれている。まずは、日立グループ内でITリテラシーが高いと思われる層に優先的に展開したということだ。


Generative AI センターの活動図解[クリックして拡大] 出所:日立

 日立は生成AIの全社導入を一気に進めるのではなく、データサイエンティストなどITリテラシーが高い数百人からスモールスタートで徐々に社内への浸透を図ってきた。その理由について吉田氏は、「何万人もの従業員の利用環境をいきなり整備したとして、本当に皆が使うのかという問題がある」と指摘する。ITリテラシーや生成AIへの関心度は社員間でばらつきがある。最初は興味本位で触っていても、やがて関心が薄れれば使用頻度は自然と減ってしまうだろう。

 そこで日立が力を入れているのが、社員が積極的に生成AIを使うための環境作りだ。その1つが、プロンプト作成の手間を削減する仕組みづくりである。ChatGPTから精度の高い回答を得るには、入力テキストの適切な調整や制約条件の設定といったテクニックが必要になる。これをプロンプトエンジニアリングと呼ぶ。

 だが、吉田氏は「仮にこうしたテクニックのガイドラインを社内で作成しても、結局はあまり読んでもらえないのではないか。そもそも、ITリテラシーがあまり高くない人にこうした使い方を覚えて、というのは酷だ。かといって、利用者が何万人にもなると教育にも限界がある」と危惧したという。そのため日立はプロンプトエンジニアリングに不慣れでもChatGPTから求める答えを引き出しやすい環境づくりを行っている。

 例えば、ChatGPTで議事録の作成を行う場合、ユーザーがテキストや音声ファイルなどを入力すれば、後はボタンを押すだけで議事録が仕上がる仕組みがあることが好ましい。生成AIにとって最適な形にデータを整形し、最適なプロンプトを用意するといった作業は、ユーザーではなくシステム側で自動的に実行する。

 こうした仕組みを増やすべく、日立社内では翻訳や資料要約などさまざまなユースケースへの生成AIの適用トライアルを進めている。各トライアルの業務改善効果についてナレッジの共有を図るとともに、自動化のためのプロンプトによる精度改善の試みも並行して行う。一定の効果が見込めれば、ユースケース専用のUI(ユーザインタフェース)を開発する。


多数のユースケースを検証中[クリックして拡大] 出所:日立

 逆にITリテラシーが高い人材には、OpenAIのAPIを活用できる環境も整えている。権限管理などをしっかりと設定した上で、セキュアな環境下かつガイドラインを明確化した上で、社内データを知識データベースにしてFAQシステムを構築するなどの取り組みが進んでいる。

 日立では若手従業員によるChatGPT勉強会の開催や、ChatGPT活用方法の記事を社内広報の一環で毎週公開するといった取り組みも進めている。記事では提案書のベース作成やデータ分析の前処理など業務内での具体的な活用方法を紹介するだけでなく、英語学習への活用方法などプライベートでの使い方も紹介しているようだ。

 このようにボトムアップでユースケースを創出しつつ、社内発表会などを通じて情報共有を図る中で、現在、2万人弱の従業員が利用する環境が整った。吉田氏は「単に生成AIを使いたい、というのではなく、活用を通じて『日立を変えたい』という思いで取り組んでいる」と強調し、今後、日立グループ全体で利用できる環境を段階的に整備していくとした。

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