新時代迎えた「紙の写真」 20年間愛され続けるキヤノンのフォトプリンタの歴史:小寺信良が見た革新製品の舞台裏(32)(5/5 ページ)
キヤノンのミニフォトプリンタ「SELPHY」が2024年で20周年を迎えた。コンパクトデジカメの隆盛や写メ、スマホ時代を経てなお「紙の写真」が作れるデバイスとして愛され続けてきた同製品シリーズ。その秘密は何なのか。同社の開発者に尋ねてみた。
20年前から変わらない紙のサイズ
――インクリボンを伴う紙のサイズのラインアップも豊富ですが、これ揃えるのが大変じゃないかと思うんですよね。L版を基準にしてその半分とか、あるいは正方形だとかさまざまな形がある中で、シールプリントまで手を出している。あらゆるサイズバリエーションが発生してしまうわけですけど、その選択はどのようにされているんでしょうか。
牛谷氏 今あるのはL版とポストカードサイズに加えてカードサイズが4種類あり、計6種類ですね。最近出たスクエアサイズを除くと、20年前から変わらないサイズ設定で展開しています。
プリクラのような8分割のシール付き写真が作れる「8分割ラベル」も20年前に生まれたものです。2000年頃、名刺に顔写真を載せるというアイデアが一部で出てきました。それに応えたのが「8分割ラベル」です。それだけでなく、単純に「写真を貼って楽しみたい」というニーズも当時からあったので、のりで貼り付けるのではなくシール状にしてはどうか、と始めました。
さらにいろいろなサイズや、丸など別形状のサイズも提供したらどうかという声もありますが、そこは、やはりどこかで割り切る必要があります。昨今の若年層は、自分たちで好みの形状に切り貼りするといった楽しみ方をしています。そうしたニーズにも応えられていますし、私たちとしては現時点で最適なラインアップに集約できていると感じています。
――なるほど。ベーシックにクラフト文化があるので、細かいところはユーザー自身が勝手にやっちゃうと。そこは他の商品にはあまりないカルチャーなのかもしれないです。
牛谷氏 そうですね。私たちもお客さまにできるだけ安価に提供するためには、ある程度ラインアップを絞りつつ、それらをフルに使っていただく必要があると考えています。商品化の際はそのバランスを見つつ、検討しています。
――最後に1点、20周年を迎えて、海外でのマーケティングやブランド展開は、今後どういうふうに展開されるんでしょうか。
牛谷氏 国内はキヤノンマーケティングジャパンで、アメリカはCanon USA、ヨーロッパはCanon Europeがそれぞれ責任を持ってマーケティングに取り組んでいます。カメラもそうですが、国や地域での特徴/文化があるので、それぞれで受け入れられやすいプロモーションを展開してきた部分があります。
とはいえ、撮る、見る、飾る、贈るといった楽しみ方の根本は同じところにあるかと思います。その意味で、今回SELPHYの20周年を機に、もう一度各地域の販売会社と一緒に、ビジュアルとしての見え方は違うかもしれませんが、ベースのコンセプトを共通化して、新しい世代にも楽しさを伝えていきましょう、とプロモーションを展開していく予定です。
私たち一般人が撮る写真は、何のためにあるのか。SNSで写真を共有するのは、最終的には「自分の利益のため」という、利己的なものを感じさせる。一方で写真を紙に出して飾る、贈るというカルチャーは、そうした自己顕示とは違った、愛や幸せ、感謝の表現の延長線上にあるように思える。
一般の家庭用インクジェットプリンタでも、写真用紙を用意すれば写真を印刷できる。カメラ量販店に行けば、いまだにメモリカードから写真がプリントできるマシンが設置されているが、あまり利用されていないようだ。
一方でSELPHYは、コンパクトデジカメ勃興期に生まれた写真しか出せないプリンタだが、昨今のクラフトブームに乗って第二次の需要期に入っている。CP+などの展示会を見ても、写真をプリントしたその先、きれいに飾るといったノウハウを伝えるセミナーやブースは大変な賑わいを見せている。
デジタル化やIT化によって多くのものが淘汰されている昨今であるが、代わりがないものもある。そうした代用が効かない機器を作り続けて文化を支えるのもまた、アートを扱う機器メーカーとしての役割なのであろう。
筆者紹介
小寺信良(こでら のぶよし)
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手掛けたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
Twitterアカウントは@Nob_Kodera
近著:「USTREAMがメディアを変える」(ちくま新書)
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