キヤノンの「PowerShot ZOOM」はリーン&共感型開発で生まれた:デザインの力(1/3 ページ)
キヤノンが発表した「PowerShot ZOOM」は、“ポケットに入る望遠鏡型カメラ”という新しいコンセプトに加え、オープン型の開発を採用するなど、異色尽くしの製品だ。企画背景からデザイン、設計開発の工夫などについて開発陣に話を聞いた。
キヤノンが2020年10月に発表した「PowerShot ZOOM」は、同社にとって異色尽くしの製品だ。
“ポケットに入る望遠鏡型カメラ”という新しいコンセプトに加え、オープン型の開発を採用。試作開発段階から積極的に国内外の展示会へ出展し、そのフィードバックを基に改良を進めた。クラウドファンディングサイト「Makuake(マクアケ)」で先行予約を開始すると、用意した1000台は約6時間50分で完売した。
PowerShot ZOOMが製品化に至るまでには、新規事業創出活動から生まれたコンセプトを起点に、開発、デザイン、企画、マーケティングと、異なる部門の担当者が団結して高い壁を乗り越えてきた経緯があるという。開発陣に話を聞いた。
取材に応じた「PowerShot ZOOM」の企画/開発チーム。(写真左から)キヤノン イメージコミュニケーション事業本部 ICB事業統括部門 課長代理の島田正太氏/キヤノンマーケティングジャパン コンスーマビジネスユニット コンスーマ商品企画本部の安見祐太氏/キヤノン イメージコミュニケーション事業本部 ICB開発統括部門 室長の桐原俊氏/キヤノン 総合デザインセンター 保刈祐介氏/キヤノン イメージコミュニケーション事業本部 ICB事業統括部門 課長の早川香奈子氏 [クリックで拡大]
見る/撮るの両立を実現した「PowerShot ZOOM」
PowerShot ZOOMは、単眼鏡の形をしたコンパクトデジタルカメラだ。電源ONですぐに起動でき、本体上部の[Zoom]ボタンを押すことで、焦点距離が100mm/400mm/800mm(※1)と瞬時に切り替えられる。また、本体サイズは33.4×50.8×103.2mmで、重量は145gと非常にコンパクトで手のひらで包み込むようにして持つことができる。例えば、スポーツ観戦中に片目でファインダー越しに選手をアップで撮影しながら、もう片方の目で競技場全体の様子を見るといったことも可能だ。
※1:35mm判換算。100mmと400mmは光学ズーム、800mmはデジタルズーム。
キヤノンが発表した“ポケットに入る望遠鏡型カメラ”「PowerShot ZOOM」。一般販売は2020年12月10日から ※写真のストラップは「PowerShot ZOOM」(製品)に付属するものとは異なります [クリックで拡大]
「単眼」「片手持ち」「望遠特化」という新しいコンセプトは、一般消費者の心もつかんだ。先行予約を受け付けたMakuake内の購入者からのコメントでも、「これまで観戦時に双眼鏡と撮影機器を持ち替えるのが煩わしかった」など、コンセプトに賛同する声が多い。
開発陣側も、カメラに対する消費者の課題感を肌で感じていたという。
PowerShot ZOOMの事業企画を担当したキヤノン イメージコミュニケーション事業本部 ICB事業統括部門 課長の早川香奈子氏は、新たなカメラユーザーを獲得するには、今までにない製品が必要だと考えた。PowerShot ZOOMを企画した背景をこう語る。
「スマートフォンがあるが故に、お子さんの運動会などでデジタルカメラやビデオカメラを持つ人が減ったという意見を耳にすることがあった。一方、スマホでは難しい、遠くにいるわが子をズームして見たり、撮影したりしながら応援したいというニーズもある。今までのカメラにはない望遠の手軽さと、携帯性を両立したカメラであれば、より多くのユーザーに使ってもらえるのではないかと考えた」(早川氏)
ユーザー視点の企画/開発が生んだ望遠鏡型カメラ
この課題を形にするに当たって最初の突破口になったのは、望遠レンズの小型化に取り組んでいた光学技術者たちの提案だった。コンパクトカメラでも望遠で撮影する際には、レンズが大きく前に伸び目立ってしまうが、鏡筒部分が短いレンズを使えば、望遠レンズの利用に抵抗を感じるユーザーにも受け入れられるかもしれない。この提案を製品に反映すべく、開発陣が取り組んだのは“ユーザー視点での企画/開発”だった。
「従来のカメラ製品であれば、前世代モデルを踏襲しつつ、スペックや要件を積み上げてコンセプトや仕様が決まる。しかし、今回はこれまでにない新製品の開発ということもあり、新たに決めることが非常に多かった。そこで、スペックからの検討ではなく、開発陣自体がユーザーになり、自分だったらどういうものが欲しいか? というプロセスで、機能やデザインを考えることを試みた」(キヤノン 総合デザインセンター 保刈祐介氏)
PowerShot ZOOMのデザインを担当した保刈氏は、開発陣によるワークショップを定期的に実施し、ユーザーが望遠レンズに求める場面などのリサーチやディスカッションを繰り返した。また、企画、開発、デザインなど、全ての担当者が集まった撮影合宿では、現状のカメラの課題や、何を撮ることにユーザーとして喜びを感じるかを自らが体験し、全員でそれらをコンセプトに反映する作業を推進した。
大きさはポケットに収まるサイズがよい。「スポーツ観戦をしながら」「子供と手をつないで散歩しながら」というように、“何かをしながら撮影できるようにしたい”といったイメージが固まると、2018年の「CES」への出展を目標にモックアップの開発に移る。CESはユーザーと直接対話ができる貴重な場だ。この時点では、まだ正式な製品化は決まっていなかったが、試行錯誤を繰り返しながらスピード感を持って開発を進め、コンセプトモデルを固めた。
「キヤノン社内の各部門から集まったメンバーのアイデアをベースに、新製品のコンセプトを検討する活動は過去に何度もあったが、正式に製品化にまで至るケースは一部に限られていた」(早川氏)
これまでキヤノンでは、製品化が決まっていないコンセプトモデルをイベントなどに展示したことはほとんどなかった。しかも、従来のカメラとは異なる、全く新しいコンセプトの製品なだけに、展示会への出展まであらゆる課題をクリアし、形にできるかどうか、開発陣は高い緊張感に包まれていたことだろう。
だが、この新製品のアイデアは社内でも高く評価され、周囲の協力を得ながら、展示会への出展を無事実現させた。
「短期間でプロジェクトを進めることができたのは、社内でも応援したいという人が多く、協力を得られたからだ。これは、多くの人が“共感するアイデア”だったことが大きい。望遠レンズやカメラが持つ魅力、それを使いたいという思いがありつつも、大きさに対する煩わしさや、持ち歩くことへのおっくうさは、誰もが一度は感じる部分だ。だから、『こういう風に使いたかった』という気持ちは、社内でも共感を得られやすかった」(保刈氏)
実現可能性の面でも、キヤノンの技術力が生かせると評価されたと、PowerShot ZOOMの開発を担当したキヤノン イメージコミュニケーション事業本部 ICB開発統括部門 室長の桐原俊氏は振り返る。
「光学系やEVF(電子ビューファインダー)など、PowerShot ZOOMのアイデアを実現する上で、キヤノンのコア技術がさまざまな点で生かせることも決め手となった。後に、持ちやすさと使いやすさにこだわった形状が実現できたことで、結果的にキヤノンらしい製品に仕上がった」(桐原氏)
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