履き心地と風合いを両立した「双糸デニム」 若手が集まる老舗メーカーの描く未来:新製品開発に挑むモノづくり企業たち(4)(2/2 ページ)
本連載では応援購入サービス(購入型クラウドファンディングサービス)「Makuake」で注目を集めるプロジェクトを取り上げて、新製品の企画から開発、販売に必要なエッセンスをお伝えする。第4回は内田縫製の「双糸-SOUSHI-デニム」を取り上げる。
若手の社員が半数に
――初めてのプロジェクト※では目標金額1千万円に対して5千万円以上が集まるなど大きな注目を集めました。プロジェクト終了後に社内で何かしらの変化はありましたか。
※Makuake「豪雨災害で途絶えた幻のデニム生地『レインボー』を復活させたい!」
内田氏 最初はそこまでの変化はなかったのですが、知名度と売り上げが少しずつ上がっていく中で、従業員さんに変化が見られるようになりました。販促イベントなどでの良い成果を報告するたびに、職人さんや従業員さんの間に「いいモノを作らなくちゃいけない」という自覚が芽生えていく様子が見て取れ、とても良い方向に向かっていると感じています。一方で、既存のファンやお客さまを裏切らないような形で、これまで通り地道に事業を進めようと思います。
――製造業全体において、高齢化による熟練工の不足、新しい人材の確保が課題となっていますが、この点で自社ブランドを立ち上げた効果はありましたか。
内田氏 さまざまな縫製工場で高齢化が進んでいるのを見聞きしているのですが、当社は社員30人のうち半分程度が30代以下と、若い世代が多いです。自社ブランドを立ち上げてSNSで発信を続けていることで、新たな人材が集まるようになりました。岩手県や東京都、福島県など遠方から来てくれた方もいます。
SNSで発信することによって僕たちがどんな思いでモノづくりをしているか、どういう企業かをある程度知った上で入社を決めてくれるので、そのせいか離職率も非常に低いです。技術継承については職人さんと相談しながら、工程ごとの教育期間や目標到達レベルなど、しっかりルールを決めて行っています。
「双糸」で"令和のワークウェア”を実現する
――今回、新たなMakuakeプロジェクトとして「双糸デニム」を開発されました。その経緯や製品の特徴をお願いします。
内田氏 今回は、地域の方々への恩返しの気持ちからプロジェクトを立ち上げました。内田縫製は今でこそ若手が多く入ってくれていますが、10年前までは近所の農業などに従事されている女性たちの人手で成り立っていたんです。忙しいときは残業をしてもらいますが、仕事がないときには「ごめん、仕事がない」と伝えて、家業に戻ってもらっていました。
それを小さい頃から見ていたので、僕たちが後継ぎとして会社に戻り、また少しずつではありますがブランドの知名度が高まってきた中で、僕たちが作ったデニムをみんなにプレゼントしたいという思いがありました。
農作業などを行う地域の方々に毎日着てもらうことを考えたときに、厚すぎない生地にしつつも強度がある“令和のワークウェア”に仕上げたいというのが念頭にありました。しかし、生地を薄くすると耐久性も落ちてしまいます。化学繊維を使わず綿100%の生地でそれを実現するにはどうしたらいいか、と考えた結果、「双糸」にたどり着きました。
通常、デニム生地は経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を1本ずつ交差させて織りあげます。これに対し「双糸デニム」は2本の糸を1本にねじった「双糸」を経糸と緯糸にそれぞれ使用するため、強度が上がります。
加えて経年変化を楽しんでもらいたいという思いから、内田縫製のブランドカラーであるオレンジの糸と経年変化に奥行きをもたらす薄い黄色の糸をよって、インディゴでロープ染色したものを経糸に使用しました。これにより、独特の経年変化が楽しめます。
――双糸デニムを開発するに当たり苦労した点を教えてください。
内田氏 全部ですね。双糸デニム自体はかつて存在していたのですが、現在ではほぼ作られておらず、技術的な知見の蓄積がありませんでした。加えて、風合いを考慮して旧式のシャトル織機で織る「セルビッチデニム」にしたため、さらに難易度は上がりました。
双糸をセルビッチデニムにするという試みはこれまで誰もやったことがないので、職人さんたちもさすがに苦労していました。ただ、それでも1〜2回の打ち合わせで非常に良い表情の生地が出来上がり、やはり職人さんの経験やパワーが成せたことだと思っています。結果的に、プロジェクトの話が立ち上がってから半年ほどでサンプルを織るところまで進めることができました。
地域に開かれた工場も竣工予定
――2025年には新たな工場を竣工(しゅんこう)予定だそうですが、そちらについてもお聞かせください。
内田氏 現工場の老朽化が激しいことから、新たな縫製工場の建設を予定しています。既に津山市の本社近くに4700平方メートルの土地を取得しており、2階建てで延べ床面積は現工場の約3倍の約1300平方メートルとなる予定です。
ミシンを70台から100台に増やし、製造ラインも現状の1ラインから2ラインに増やし生産能力を拡大します。国内初の自社ショップも併設しますし、工場見学や縫製体験などもできるよう計画しています。従業員さんや地域の方々がお昼ご飯を食べたり、ゲストの方々が一息ついたりする広い飲食スペースも設ける予定で、地域の皆さんの憩いの場所にできたらと考えています。開業は2025年春を予定しています。
――今後の展望を教えてください。
内田氏 まずは工場を竣工して、しっかりと稼働させたいです。その後は新製品イベントや地域の小学生に向けたワークショップなど、定期的に工場でイベントをしたいと考えています。
日本における「デニム離れ」は着実に進んでいると思いますが、しっかりとストーリーを話せば皆さん分かってくれますし、イベントに足を運んで買いに来てくれる若者もたくさんいます。今後はそういう方々にどう伝えて発掘していくかを追求していきたいです。
海外展開もしたいですね。日本は今後人口が減少していきますが、デニム好きな方は海外にも一定数いらっしゃいます。そのような方々に向けたモノづくりも視野に入れていきたいです。
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筆者紹介
長島清香(ながしま さやか)
編集者として地域情報誌やIT系Webメディアを手掛けたのち、シンガポールにてビジネス系情報誌の編集者として経験を重ねる。現在はフリーライターとして、モノづくり系情報サイトをはじめ、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
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