3Dプリンタで成形する複合材料は世界を変えるか?:複合材料と3Dプリンタのこれまでとこれから(1)(4/4 ページ)
東京工業大学 教授/Todo Meta Composites 代表社員の轟章氏が、複合材料と複合材料に対応する3Dプリンタの動向について解説する本連載。第1回では、複合材料を成形可能な3Dプリンタの歴史や現状、同プリンタを用いて機械部品を設計する際に必要な安全率の重要性について紹介します。
複合材料対応3Dプリンタは金属3Dプリンタよりも競争力がある
だいぶ長くなってしまいましたが、ここまでのお話でお分かりいただけたと思います。「本当に3Dプリンタ業界で足らないもの」は統計的な強度データであり、その課題をMarkforgedは、Vegaなどの複合材料やFX20をはじめとする3Dプリンタ、NCAMPのデータベースで2023年に解消したということです。今後、NCAMPのデータベースなどで複合材料の成形で役立つデータがさらに増えていけば設計しやすくなり、3Dプリンタによる複合材の成形を利用するユーザーが増加していくでしょう。これによって関連する製品が安価になり、金属3Dプリンタほどコストがかからずに、複合材料対応の3Dプリンタで同材料を成形した機械部品が採用される機会が増加するわけです。これが2ページ目の図6で紹介した将来予想の急激な上昇につながると思っています。
また、金属3Dプリンタで問題となっている疲労強度の低下なども、ボイド発生による内部欠陥の存在が原因とされています。この場合は、ボイドを削減するよりも、鋳鉄や木材をサポート材として用いて安全率を高くする方が得策だと思います。ただし、金属ではこの方法で安全率を高くすると重量が増加します。複合材料を3Dプリンタで成形した部品もボイドを補うために他の素材をサポート材として用いて安全率を高めるとその素材の分だけ重量が増加しますが、複合材料はもともと軽い素材ですので、その点はあまり心配いりません。そのため、3Dプリンタを用いて機械部品を成形する際に複合材料は適していると言ってよいでしょう。
安全率の計算のためのデータが十分にそろえば、複合材料対応の3Dプリンタで同材料を成形した機械部品の方が金属3Dプリンタより軽量で競争力があることが容易に想像できます。複合材料を成形できる3Dプリンタの価格は成形に高エネルギーが必要な金属3Dプリンタと比較して安価です。今は高強度の部品を出力する用途の3Dプリンタ市場では金属3Dプリンタが独占状態ですが、複合材料を成形できる3Dプリンタの新機種が数年後に複数出現すれば、利用者数の増加による量産効果でさらに安価になっていくと予想できます。
これ以外にも、3Dプリンタの量産性はどうなのかという指摘も良くあります。3Dプリンタは正常稼働時には多数を並列で24時間動かせます。価格がそれほど高額でない複合材料対応の3Dプリンタであれば、金属3Dプリンタと比べて低コストで複数台を並べて並列で成形することが可能です。そして何よりも重要な「認定された成形のプロセスならどこで機械部品を作っても同じ性能が得られる点」については、成形プロセスの認定は金属3Dプリンタでかなり進められていますが、複合材3Dプリンタはまだ発展途上なので認定システムはありません。まだ数年かかるでしょう。
なお、生産数に大きな時間変動がある場合、自社生産の機械加工ですと、ボトルネックとなる機械加工装置(例えば高額なNCフライスなど)が生産数を決めてしまいます。しかし、3Dプリンタでは、自社内で可能な容量を超えた生産が必要な場合には気軽に外注できるわけです。試作までは自社内で、製品製造は3Dプリンタでの量産に対応する企業に外注することで済ませることも可能です。こう考えると、大幅なコストダウンが可能になることが理解できると思います。ただし、3Dプリンタでないと無理な複雑な構造(形状だけでなく、多種材料なども含む)限定です。3Dプリンタでボルトやパイプ、平板を作成して市販の金属製品より安くなることは決してありません。
だいぶ長くなってしまいましたので、今回はこのあたりで終わりにします。今後は私の研究室で開発を進めている、連続繊維を成形可能な新しい3Dプリンタや複合材料の3Dプリントをシミュレーションする技術、新しい設計などについて連載していく予定です。
ご希望があれば、再度経済的な観点から今後における複合材料対応の3Dプリンタの動向などもお話したいと思います。国際的な競争力を付けていくためには、3Dプリンタを製造装置として認識するのではなく、使いこなす必要があります。3Dプリンタでパイプやボルトを製造しては無意味なのです。このためには3Dプリンタを使った全く新しい設計概念を必要とすることになります。自社内で閉じこもるのではなく、外の力を借りて改革するようにしてください。そのための会社であるTodo Meta Compositesを著者は起業しています。どうぞお気軽にご相談ください。(次回へ続く)
筆者紹介
東京工業大学 工学院機械系教授/Todo Meta Composites代表社員 轟章(とどろき あきら)1961年8月生まれ。東京工業大学機械物理工学科の学士と修士を修了後に三菱重工業に2年間従事。東京工業大学に戻った後に「疲労き裂進展に及ぼす残留応力の影響に関する研究」で学位を取得。その後、複合材料の強度や非破壊検査、最適設計の研究を開始した。1995〜1996年にフロリダ大学に留学して最適設計を学ぶ。2013年から連続繊維強化複合材の3Dプリントの研究に従事している。論文数は300以上、学会などからの受賞は23回、2023年10月の“Elsevier Data Repository”において、世界のトップ科学者上位2%にランクインされた。2022年から金属、複合材、樹脂などの設計や強度評価、3Dプリントした構造強度に関するコンサルをTodo Meta Compositesという企業で行っている。同会社での技術相談は気軽に応じている。2024年1月には東工大発ベンチャーに認定され、既存の製品にない連続繊維を成形可能な3Dプリンタの特許も所有している。現在、製品化のための投資募集中。2023年から日本付加製造学会会長。
参考文献:
[1]https://i-maker.jp/blog/mark-one-1641.html
[2]https://anisoprint.com/
[3]https://www.9tlabs.com/
[4]https://www.precedenceresearch.com/3d-printed-composites-market
[5]https://markforged.com/jp/resources/news-events/markforged-launches-onx-fr-a-and-carbon-fiber-fr-a
[6]https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2312/08/news054.html
[7]「S018 部分安全係数法を用いた機械製品の信頼性評価に関する指針」、2018、日本機械学会、ISBN 978-4-88898-284-9
[8]強化プラスチック協会編、「基礎からわかるFRP」、2018、コロナ社、ISBN:978-4-33904-647-2
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 環デザインとマテリアルドリブン・リサーチ
本連載では活用事例が増えつつある3Dプリント材料の基礎や最新の動向と活用事例について紹介します。第1回では3Dプリントの活用が広がった流れや材料の変遷、著者が手掛けた3Dプリントの活用事例について説明します。 - 3Dプリント製法の特殊性を踏まえた開発の重要性
本連載では活用事例が増えつつある3Dプリント材料の基礎や最新の動向と活用事例について紹介します。第2回では3Dプリントと既存の成形方法との違いや企画段階からの考え方などについて、実例を挙げて解説します。 - 3Dプリンタの活用方法に合わせた材料開発トレンドの変化
本連載では活用事例が増えつつある3Dプリント材料の基礎や最新の動向と活用事例について紹介します。第3回では使用される樹脂素材の変遷に焦点を当て工業的な利用にとどまらない3Dプリントの活用フィールドの広がりを解説します。 - 「巻けるコンパウンド」と100万円台のMEX方式金属3Dプリンタを開発
近畿大学、第一セラモ、エス.ラボ、島津産機システムズは、「国産MEX方式金属AM(付加製造)普及プロジェクト」の中間報告で、エス.ラボが100万円台のMEX方式金属3Dプリンタとしてフィラメント式の「Margherita」を2023年に発売し、第一セラモが「巻けるコンパウンド」として柔軟性に優れたフィラメントを開発したことを発表した。 - 液相法を採用したナノカーボンコーティング技術を開発、シリカに導電性を付与可能
日本触媒は、材料/加工機械の総合展「第14回 高機能素材 WeeK」内で、独自開発したナノカーボンコーティング技術を披露した。 - ミライ化成が再生炭素繊維の回収/加工システムの販売を構想、中国展開も視野に
ミライ化成は「SANPE Japan 先端材料技術展2023」で再生炭素繊維事業の取り組みを紹介した。