変わらねばならない製造業のSCM 「戦略」「組織」「人材」の抜本的見直しを:新時代のサプライチェーンマネジメント戦略(1)
さまざまな企業課題に対応すべく、サプライチェーンマネジメント(SCM)のカバー領域や求められる機能も変化している。本連載では、経営の意思を反映したSCMを実現する大方針たる「SCM戦略」と、それを企画/推進する「SCM戦略組織」、これらを支える「SCM人材」の要件とその育成の在り方を提案する。
近年、地政学リスクや人権問題意識の高まり、CO2排出量管理の必要性など、サプライチェーン上における新たな企業課題が続々と発生しており、サプライチェーンマネジメント(SCM)がカバーすべき領域や求められる機能も変化しつつある。本稿は、近年のサプライチェーンの新課題や環境変化を踏まえつつ、経営の意思を反映したSCMを実現する上での大方針たる「SCM戦略」とそれを企画/推進する「SCM戦略組織」の具体的な機能、これらを支える「SCM人材」の要件とその育成の在り方について提案する。
コロナ禍で機能不全に陥ったSCM
2020年初頭から深刻化した新型コロナウイルス感染症によるロックダウンと、これを起点に生じた広範なサプライチェーン途絶が世界中の企業活動に与えた影響は記憶に新しい。これまでにも地震や水害、火災などをきっかけにサプライチェーンは途絶し、企業収益に悪影響をもたらしてきた。だが、コロナ禍が引き起こしたグローバルサプライチェーンの途絶は、サプライチェーンマネジメント(SCM)という経営手法が提唱された1990年代以降、おそらく最大規模だったといえるだろう。
これまでSCMは、顧客や市場から最新の需要情報を取り込み、欠品による販売機会損失を回避しつつ、不要な在庫を削減できる業務プロセス(あるいはそれを支える情報システム)として、テクノロジーの進化を追い風に発達してきた。これらが正常に機能するには、前提として、サプライチェーン上流(サプライヤーや生産物流)からの部品や材料の供給は原則途絶しないこと、サプライチェーン構成要素(サプライヤー/工場/倉庫/物流のルート)は原則不変であることが求められる。
しかしコロナ禍では、サプライヤー工場の停止や海上輸送の停滞による部材供給の途絶と、これをトリガーとしたサプライチェーン見直しの必要性が生じた。これによって、先ほどの2つの前提がことごとく覆されてしまった。その結果、多くの企業のSCM業務プロセスやシステムは機能不全に陥り、場当たり的な対応に終始することになった。
SCM変革を促す社会環境変化
このように、コロナ禍を通じて、サプライチェーン途絶リスク下ではSCMは正常に機能しなくなることが企業の共通認識となり、そのSCMの見直しを促す重要な契機となった。これ以外にも、サプライチェーンに影響する社会や環境の変化が相次いで浮上した。
特に「経済安全保障」という考え方の登場は、SCMにさらなる変化対応力を求めている。近年の中国やロシアの覇権主義的行動を背景とした地政学リスクの高まりや、それを受けた各国政府の保護主義的な通商政策を受けて、これまで自由貿易を前提に構築/運営されていたサプライチェーンは、各国政府の思惑に大きく影響されることになった。紛争などによる生産停止や物流途絶が伴わずとも、経済安全保障の名のもとに輸出入規制が行われればサプライチェーンは途絶する。各企業はビジネスパートナーとの利害関係だけではなく、自社のサプライチェーンがまたぐ国家間の関係性を考慮したマネジメントが求められるようになったのである。
加えて、自社内のみならず、サプライチェーン全体で生じる人権や環境に対する悪影響を抑止、軽減することを企業に義務付ける「サプライチェーン・デューディリジェンス(DD)」の法制化推進が新たなトレンドとして加速している。すでにドイツやフランス、オランダなどDD関連法が施行されている国々を含むEU法として、EU域内外の一定規模の企業に、サプライチェーンDDの実施を罰則付きで義務付ける「欧州サプライチェーン・デューディリジェンス指令(CSDDD)」も審議中だ。
これは在欧企業のみならず、欧州で15億ユーロ(約2460億円)以上の売り上げがある欧州外企業に対してもサプライチェーンDD実施を義務付けるものだ。欧州でも売り上げのあるグローバル企業では、既に同EU法の内容を踏まえ、自社グループ全体の人権/環境マネジメントの見直しを検討し始めている。当然ながら罰則付きのDD法の下、企業は自社の人権/環境リスクを評価し対策を講じるだけでなく、リスクの高い地域やサプライヤーを見極め、リスクの小さいサプライチェーンの再構築のケイパビリティが要求されるようになる。
また、2015年に締結されたパリ協定に基づく気候変動対策のひとつである「サプライチェーンCO2排出量管理」の広がりもSCM変革の契機になっている。同協定以降、多くの企業が、Scope1(自社の直接排出)やScope2(自社の間接排出)のみならず、Scope3(自社以外のサプライチェーンにおける排出)も含むCO2排出量の可視化に取り組み実現しつつある。だが、現状ほとんどの企業が1年間の排出量実績を報告する程度にとどまっている。
こうした可視化データに基づきCO2排出量の削減を実現するならば、今後は排出量実績を拠点や品目(製品や部品)単位に分解し、サプライチェーンのどのプロセスでCO2排出が多くなっているかを把握し、パートナー企業へ排出量削減を働きかけつつ、排出量の小さい企業に置き換えた場合の合理性を検証するなどのSCM実行力が必要になる。
SCM変革における「戦略」と「組織/人材」の重要性
先に述べた通り、従来のSCMはサプライチェーンが変化せず、部材供給制約も事実上考慮不要という前提のもと、顧客と自社の需給バランスと在庫の最適化に注力してきた。しかし、この数年間で発生したサプライチェーンのさまざまな課題は、サプライチェーン途絶や人権/環境に関わる各種リスク、CO2排出状況などをタイムリーに評価し、その結果に応じてサプライチェーンの再設計、組み替えを行う新しいビジネス機能を企業のSCMに取り込むことを要求している。
現在、この機能は多くの企業のSCM業務の範囲には存在しないため、現行SCMの延長線上での業務プロセス/システム改革では実現できない。将来のビジネスの姿を見据えたSCMの担うべき役割とその機能定義、すなわち「SCM戦略」までさかのぼって再定義する必要がある。
また、SCM戦略を実現する上では、この戦略の具体検討の中核として関与し、同戦略をビジネスシーンに展開していく上での旗振り役をも担う「SCM組織」が十分機能することが欠かせない。加えて、このSCM組織が今後も発生し続ける新しいサプライチェーン上の問題/課題に柔軟に対応していくには、絶え間ない改革の担い手となれる知識と能力を備えた社内専門家、「SCM人材」が同組織の中核に存在することが期待される。
そこで本連載では、変革を求められる企業のSCMの根幹たる「SCM戦略」の在り方と、この戦略の実現を支える「SCM組織/人材」をテーマに以降3回に渡り提言したい。
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