データに基づいたGHG排出削減の活動を阻む4つの課題:「サステナブルプランニング」の方法論(2)(1/2 ページ)
本連載では、企業にとっての新たな命題となった環境経営、すなわちGHG削減に不可欠なGHG排出量計画「サステナブルプランニング」の要点について述べる。第2回は排出量データに基づくGHG削減活動を行う上での課題点を整理する。
連載第1回では、GHG排出量削減を実現する計画「サステナブルプランニング」が求められる現況と、同計画業務の概要について述べた。しかし、データに基づくGHG削減活動を実現できている企業は現時点では極めて少ない。第2回では、こうした活動に取り組み始めた企業の現状と課題を紹介していく。
GHG排出量管理に関わる問題点
GHG排出量を継続的に削減していくには、製品ライフサイクル全体やサプライチェーンの上流から下流までの全体で排出されるGHG排出量データを、適切な切り口や頻度で把握することが必要だ。当然、それらのデータに基づき削減活動を推進する体系的な仕組みも求められる。
周知の通り、GHG排出量管理業務の社会的な重要性は短期間のうちに急激に高まった。そのため多くの企業で、GHG排出量管理に必要な組織的/業務的機能の整備が追い付いていないという実態が露呈し始めている。以下では、特に顕著な4つの問題点について紹介したい。
(1)不明瞭な「削減業務プロセス」
先に述べたように、GHG排出量管理とその削減業務はこれまで企業の基幹業務として位置付けられることがなかった。このため、標準的な業務手順が確立されていないケースが少なくない。そのため、CSR部や経営管理部などの経営業務に近いコーポレート部門が、環境省のガイドラインなどを参考にしつつ、いわば見よう見まねで、できるところから排出量可視化を進めている。
言うまでもなく可視化の意義は、現在のGHG排出量の主たる発生源を定量化し、将来のカーボンニュートラル実現に向けた具体的打ち手の検討、実行につなげることである。しかし、実際には具体的な削減アクションにつながっていないケースも散見される。
可視化されたデータを、誰が、どう使って削減業務を実行するかという業務プロセスが未整備で、役割分担のコンセンサスも社内で十分に取れていないことが原因だ。実際の削減活動の担い手部門(開発部門、販売部門、調達部門、製造部門など)と連携して可視化したデータを活用する必要がある。だが、これを支える業務ルールや手順、仕組み作りの整備が追い付いていない。
当然、各部門でのGHG排出削減アプローチはそれぞれ異なる。このため、必要なデータの要件(取得タイミングや切り口)が各部門で違う場合がある。そのため本来ならば、これらを総合的に考慮した上で可視化データの管理システムを設計し、情報連携の仕組みを作ることが求められる。その上で、具体的な削減活動を誰がどのように実行するかという業務プロセス設計を行うのだ。これらが明確化されないまま、GHG排出量管理を続けている企業はいまだに多い。
(2)入手困難な「Scope3排出原単位」
「GHGプロトコル※1」が2011年に発行され、企業がGHG排出量を管理すべき範囲のグローバルスタンダードが定められた。このプロトコルでは、各企業は「Scope1(燃料の燃焼、工業プロセスなど事業者自らによる温室効果ガスの直接排出)」や「Scope2(他社から供給された電気、熱/蒸気の使用に伴う間接排出)」に加え、「Scope3(Scope1、Scope2以外の間接排出=事業者の活動に関連する他社の排出事業者の活動に関連する他社の排出)」を含めたGHG排出量をコントロールすることが要求されている。さらに、このScope3は原材料の調達、輸送/配送、販売した製品の使用、廃棄などを含む15のカテゴリーに区分されている。
※1:オープンで包括的なプロセスを通じて、国際的に認められた温室効果ガス排出量の算定と報告の基準として、その利用の促進を図ることを目的に策定されたGHG排出量の策定と報告に関わる世界共通基準
GHGプロトコルの制定以降、各企業はこの3つのScopeにまたがるGHG排出量を網羅的かつ高い精度で把握すべく、さまざまな努力を重ねている。ただ、Scope1〜2の排出量実績を把握できている企業はあっても、原材料サプライヤーや3PL業者、小売業者などの外部ステークホルダーから、Scope3の各カテゴリーに関する排出量データを入手できているケースは少ない。
企業が排出量データを顧客に提供するには、自社が製品やサービスを提供するために購入した原材料や中間製品/サービスなどのGHG排出データをサプライヤーから提供してもらい、これらを積み上げて製品/サービス1単位当たりに配賦計算する必要がある。しかし、この計算を精緻に行うと多大な労力を要する。このことから、人手によって継続的に行うことは困難であり、情報システム機能をもってデータを収集、集計する仕組みが必要になる。こうした仕組みを自社で構築/運用し、排出量データを他社に提供できている企業は現時点では希少だ。Scope3の排出量を網羅的かつ高精度に把握することの難しさを表しているといえよう。
Scope3の網羅性を高めるには「排出原単位データベース(さまざまな品目やサービスで活動量当たりの排出原単位を網羅したデータベース)」に登録された原単位情報を活用することが一般的である。しかし問題点もある。こうしたデータベースの原単位はおおむね大きなくくりで一般化されているのだ。
例えば、日本で最も利用されている排出原単位データベース「IDEA Ver.3.2」中の「産業連関表DB」で「集積回路」の排出量を見てみよう。集積回路を345個(または395万円分)購入するごとに、1トンのCO2が発生すると記載されている。しかし、当然だが集積回路はサイズも金額も千差万別で、その製造プロセスもさまざまだ。製造過程で発生するCO2の量にも差が出る。原単位データベースを用いるということはこうした差異を捨象するということだ。排出量のおおまかな傾向は把握できるが、削減施策の結果を基に次の打ち手を検討するための中核データとしての精度を期待することは難しい。
(3)追えない「排出ホットスポット」
GHG排出削減活動とは、結局のところ「活動量を減らす」「排出原単位を小さくする」、あるいは「GHGを取り除く」という3つの施策パターンのいずれかに集約される。これらを具体化した対策を、GHGを排出するそれぞれのポイントに対して適用していくことになる。
この活動を合理的に推し進めるには、どの品目/サービスの、どの過程(Scope)でGHG排出が顕著なのか、すなわちGHGの「排出ホットスポット」を把握することにある。これによって施策を講じる対象の優先順位と、施策パターンの選定や施策の具体化につなげられるのだ。特に製造業や流通業、小売業などは、総排出量のうちScope3に関わる排出が大半を占めることが多く、その削減には高精度で「品目×Scope(〜カテゴリー)」単位の排出量を把握し、排出ホットスポットを特定する必要があると目されている。特にScope3については、その内訳にあたる15区分(購入製品/サービス、輸配送(上流/下流)、従業員の出張、通勤、販売後の製品の加工、製品の使用、製品の廃棄、など)がトレースできれば、削減活動の質を大きく高めることができる。
例えば、排出量の多くをScope3の「カテゴリー1(購入製品/サービス)」が占める製品に対しては、その構成部材ごとの排出原単位を調査の上、特に排出量に影響の強い部材のサプライヤーに対し「排出原単位を小さくする」依頼を行うことになる。一方、同じScope3の「カテゴリー11(販売した製品の使用)」での排出が顕著な製品であれば、GHG排出を減らす設計を見直す(原単位を小さくする)、または、こうした製品の販売を控え(活動量を減らす)、他の製品で補うといったアプローチも選択肢の候補に上るようになる。
しかし、排出量の把握が比較的容易なScope1/2に対し、Scope3排出量は高精度データの入手が困難である。カテゴリー別の排出量情報についても、排出ホットスポットが特定可能なほどの精度で得ることは難しい。
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