カナダが目指す持続可能な生成AIイノベーションの枠組みづくり:海外医療技術トレンド(104)(3/3 ページ)
本連載第46回でカナダのケベック州のAIハブ都市であるモントリオールを取り上げ、第94回ではカナダ当局の生成AI法規制動向を取り上げた。今回は、カナダにおける生成AIイノベーションを巡るデータセキュリティ、プライバシー、サステナビリティなどのガバナンス動向に焦点を当てる。
生成AIの政府調達指針づくりに取り組むカナダ政府
ところで、連載第94回の中で、カナダ連邦政府が2019年4月1日に施行した、「自動意思決定指令」(関連情報)を取り上げた。表5は、その後の同指令およびAI利用に関する法令/ガイダンス類の取り組み状況を整理したものである。
表5 カナダ政府による責任あるAI利用関連法令/ガイダンス類の取り組み状況[クリックで拡大] 出所:Government of Canada「Responsible use of artificial intelligence (AI)」(2023年12月13日更新)を基にヘルスケアクラウド研究会作成
2023年9月6日、カナダ政府は、「生成人工知能(AI)の利用に関するガイド」(関連情報)を公表した。本ガイダンスは、生成AIツールを利用/調達する連邦政府機関向けに基本的なガイダンスを提供することを目的としており、以下のような構成になっている。
- 概要
- 生成AIとは何か?
- 課題と懸念
- 推奨されるアプローチ
- ポリシーの考慮事項とベストプラクティス
- 自動意思決定指令を適用するか?
- プライバシーの考慮事項
- 潜在的課題とベストプラクティス
- 情報の保護
- バイアス
- 品質
- 公務員の自律性
- 法務リスク
- 人間と機械の区別
- 環境的影響度
- このガイドの利用と可能な追加的支援
- よくある質問(FAQ)
上記のうち「生成AIとは何か?」について見ると、生成AIガイドでは、「話し言葉の意味の理解、行動学習、問題解決などを達成するために、生物学的知力を通常必要とするようなタスクを遂行する情報技術」という自動意思決定指令のAIの定義に準拠し、生成AIについて「テキスト、音声、コード、映像、画像などのコンテンツを生産するAIの一種であり、そのコンテンツは、プロンプト(Prompt)を構成するユーザーのインプット情報に基づいて生成される」と定義している。生成AIツールの具体例として、ChatGPTやBing Chatのようなチャットbot、テキストプロンプトに基づいて生成するGitHub Copilot、テキスト/画像プロンプトから画像を生成するDALL-EやMidjourney、Stable Diffusionを挙げている。
そして、生成AIが実行/サポートできるタスクとして以下のような例を挙げている。
- 文書や電子メールの作成/編集
- テンプレートのデバッグや生成、共通のソリューションなどコーディングのタスク
- 情報の要約
- ブレーンストーミング
- 研究、翻訳、学習
- クライアントに対するサポート提供(例:質問への回答、トラブルシューティング)
次に「推奨されるアプローチ」について見ると、連邦政府機関が、公的な信頼性を維持し、生成AIツールの責任ある利用を保証するために、表6に示すような“FASTER”原則に準拠すべきだとしている。
表6 “FASTER”原則の概要[クリックで拡大] 出所:Government of Canada「Responsible use of artificial intelligence (AI)」(2023年12月13日更新)を基にヘルスケアクラウド研究会作成
さらに、「ポリシーの考慮事項とベストプラクティス」の「プライバシーの考慮事項」では、プライバシー法(関連情報)の要求事項に準拠して以下のような点を指摘している。
- 個人情報は、プログラムや活動に直接関連する場合のみ収集することができる
- 収集される目的またはその目的に合致した利用のみのために利用される可能性がある
- 法制で示された許容できる開示に限定されてきた
- 政府機関は、一度収集したら政府の管理下となる個人情報を処理し、保護する方法に関して、透明性がなければならない
技術的観点からは、非識別化(関連情報)や合成データ(関連情報)といったプライバシー強化技術(PETs)(関連情報)を紹介している。カナダでは、PETs関連スタートアップ企業が続々と登場しており、要注目の技術領域となっている。
生成AIと環境ガバナンスの関係に注目するカナダの政府調達制度
上記の「ポリシーの考慮事項とベストプラクティス」のうち、「潜在的課題とベストプラクティス」では、7つのテーマごとに、[課題]、[連邦政府機関内の全ての生成AIユーザー向けのベストプラクティス]、[生成AIツールを展開する連邦政府機関向けの追加的ベストプラクティス]を提示している。
このうち、特に「環境的影響度」についてみると、以下のように記述している。
- [課題]生成AIシステムの開発や利用には、莫大(ばくだい)な環境費用を要する
- 生成AIシステムの開発や利用は、温室効果ガス排出量の重要なソースとなり得る。この排出量は、生成モデルを学習/運用するために利用される計算処理だけでなく、AIプログラムをサポートするサーバの生産や輸送にも由来する。生成AIには気候変動への取り組みを支援する潜在力がある反面、その利用については、世界中の温室効果ガス排出量を削減し、環境に対する不可逆的な損害を防止するような迅速で劇的なアクションへのニーズとのバランスをとらなければならない
- [連邦政府機関内の全ての生成AIユーザー向けのベストプラクティス]
- 温室効果ガス排出量ゼロのデータセンターにホストされた生成AIツールを利用する
- プログラムの目標や望ましいアウトカムに関係した時のみ生成AIツールを利用する
- [生成AIツールを展開する連邦政府機関向けの追加的ベストプラクティス]
- AIサプライヤーが、温室効果ガス削減目標を設定しているか否かを考慮する
- 生成AIツールを開発または調達する提案の一部として、環境影響度評価を完了する
なお、カナダ連邦政府は、グリーン調達ポリシー(関連情報)を策定/運用しており、生成AIシステムの調達においても、このポリシーを参照することが必要になる。特に保健医療分野においては、カナダ保健省が、同省独自の持続可能な開発戦略(SDGs)(関連情報)を策定/運用しており、生成AIシステムを利用した医療機器やデジタルヘルス製品/サービスの環境的影響度評価/対応状況も、サステナブル調達/SDGsの観点から継続的にモニタリングされることになる。
カナダでは、本連載第100回で取り上げた北欧諸国と同様に、DX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)を超越したSX(サステナビリティトランスフォーメーション)を巡る国際競争が繰り広げられている。医療機器/デジタルヘルス企業も、新たな市場機会を創出する契機として、生成AIのサステナビリティ対応動向を捉えるべきだろう。
筆者プロフィール
笹原英司(ささはら えいじ)(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)
宮崎県出身。千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所、グロバルヘルスイニシャチブ(GHI)等でビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。
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