FPGAを革新する「ナノブリッジ」はディープテックの街つくばで育まれる:スタートアップシティーつくばの可能性(5)(3/3 ページ)
筑波研究学園都市としての歴史を背景に持つ茨城県つくば市のスタートアップシティーとしての可能性を探る本連載。第5回は、FPGAの電力性能を大幅に向上させる技術を持つナノブリッジ・セミコンダクターの杉林直彦氏へのインタビューを通して、ディープテックスタートアップとつくばの相性の良さについて見ていこう。
研究者の気持ちが分かるスタートアップ支援とは
杉林氏はもともと研究者で、スタートアップ企業の経営者としてのキャリアは2019年から始まったばかりだ。同氏は「研究者として学会発表などのプレゼンテーションはたくさんやってきましたが、投資家に向けて話すような経験はありませんでした」と言うが、既にNBSでは幾つものファンドから融資を受けており、2022年10月に台湾で開催された「Taiwan Innotech Expo 2022」では特別賞を受賞している。2023年にはJETRO(日本貿易振興機構)が行う海外スタートアップの視察/交流プログラムにも採択された。
NBSではつくば市の他、茨城県のベンチャー企業成長促進事業(成長プログラム)にも参加し、そこでさまざまな専門家からのメンタリングやアドバイスを受けている。ディープテックスタートアップの分野には杉林氏のような経歴は多く、自治体による創業支援は効果を発揮するものだ。
杉林氏は「茨城県やつくば市の担当者の方は、われわれのような研究者の扱いになれていらっしゃると思います。研究者の気持ちが分かっていて、どんなサポートをすればいいのかの勘がいい」と強調する。これはまさに、つくば市のスタートアップシティーとしての特徴と言っていい。スタートアップ支援に力を入れている地方自治体は全国に増えているが、つくば市ほど研究開発型のスタートアップに慣れている自治体はないだろう。
つくば市の研究学園都市としての歴史は長い。筑波大学が開学したのは1973年。その後、43の国立研究機関等が1980年まで移転し、その後も民間企業も含めて多数の研究機関が集積している。
本連載ではこれまで、つくば市が解決すべき課題も指摘してきた。オフィススペースの不足や、人材採用の難しさといった問題は一朝一夕で解決できるものではないだろう。しかし、研究学園都市としての歴史の長さはもちろん、スタートアップ企業を支援してきた経験の豊富さという点では、唯一無二の強みである。「スタートアップシティー」としての蓄積をいかに活用していくのかが、つくば市にとって最大の課題の一つだといえる。
杉林氏にナノブリッジ技術の将来的な可能性をたずねると、こんなふうに語ってくれた。
「ナノブリッジFPGAは金属でできています。従来の半導体チップよりも小さくできるし、それを重ね合わせることもできる。消費電力が少ないので発熱もしにくいですし、そもそも高温環境でも性能が落ちません。不揮発性の特性があるから、待機電力もほとんどかからない。こうした特徴を生かして、大量のナノブリッジFPGAを集積させることで、最終的には人間の脳のような働きをさせられないだろうか。そんな野望を持っています」(同氏)
ナノブリッジFPGAの応用については、機械式の義足の関節駆動への利用研究が行われていたこともある。もしかすると、いつか近い将来に超高性能な「脳」を搭載して自由に動き回るヒューマノイドロボットがあらわれたとき、その内部にはたくさんのナノブリッジFPGAが組み込まれているのかもしれない。
日本の半導体産業は低迷し、FPGAはほとんどが米国製品で占められている。そんな状況にもかかわらず、深い研究技術を携えてチャレンジを続けるNBSは、まさにディープテックスタートアップの代表例だ。今後のさらなる活躍に注目していきたい。
筆者プロフィール
堀下 恭平(ほりした きょうへい) Venture Cafe Tokyo TSUKUBA CONNECT manager
あらゆる挑戦を応援する場である「Tsukuba Place Lab」「up Tsukuba」「つくばスタートアップパーク」などのコワーキング/インキュベーション施設を運営するしびっくぱわー 代表取締役やつくばベンチャー協会理事兼事務局長などを務める。
https://venturecafetokyo.org/programs/tsukuba-connect/
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