FPGAを革新する「ナノブリッジ」はディープテックの街つくばで育まれる:スタートアップシティーつくばの可能性(5)(2/3 ページ)
筑波研究学園都市としての歴史を背景に持つ茨城県つくば市のスタートアップシティーとしての可能性を探る本連載。第5回は、FPGAの電力性能を大幅に向上させる技術を持つナノブリッジ・セミコンダクターの杉林直彦氏へのインタビューを通して、ディープテックスタートアップとつくばの相性の良さについて見ていこう。
ナノブリッジ技術の特徴は省電力、放射線耐性、高温耐性
では、ナノブリッジ技術にはどのようなメリットがあるのだろうか。
1つ目のメリットは省電力化だ。ナノブリッジは原子を利用しているため、従来のトランジスタよりも必要な面積が小さくなり、半導体チップのサイズそのものをとても小さくできる。チップを小さくすることだけでも消費電力は下がるが、それだけではない。原子スイッチは回路の状態を維持するのに電力をかけ続ける必要がない不揮発性を有しているため、ON/OFF状態を維持するための電力が必要ないのだ。動作しないときは、完全に電源を落としてしまうことで消費電力を抑えることができる。
2つ目のメリットは放射線への耐性だ。原子スイッチは金属製であるため、放射線が当たってもデータが変化することがない。従来の半導体では放射線によってエラーが発生するリスクがあったが、ナノブリッジならばその心配は起こらない。
放射線耐性についてはJAXAとの技術実証実験も行われている。2019年1月に打ち上げられた「革新的衛星技術実証1号機」にはナノブリッジが搭載されており、約1年間の運用期間で問題なく動作することが確認された。宇宙空間以外でも、医療現場や研究施設の加速器実験などでも放射線は発生しており、こうした場所での活用も見込まれる。
そして、金属製であるため温度耐性が高いという3つ目のメリットもある。高温でも性能が変わらないので、熱の発生しやすい環境でもヒートシンクなどを用いた冷却系の設計に苦心することなく使うことができる。自動車の内部のように発熱する一方で風通しが悪いような環境では、その力を大いに発揮するだろう。
ナノブリッジFPGAにはさまざまな可能性がある。その優れた省電力性能から、家具などに組み込んで本当のIoT(モノのインターネット)化を進めるきっかけになるかもしれない。
つくばで創業し、NECからスピンアウト
NBSの代表取締役を務める杉林直彦氏は、もともとNECの技術者だ。2019年に会社を設立し、2020年12月にNECからも独立する。杉林氏は「つくばでNBSが創業したのは、ナノブリッジ技術の研究がつくばを中心に行われてきたという経緯があるからです」と語る。
「ナノブリッジ技術の起源は、2001年に理化学研究所で原子スイッチの動作原理が確認されたことから始まります。その後、NEC筑波研究所(当時)で半導体に活用しようと研究が続けられました。2010年には国のプロジェクトとして超低電圧デバイス技術研究組合(LEAP)が立ち上がり、産総研のつくば西事業所を拠点に活動していました。LEAPは2014年にプロジェクトとしては終了しましたが、NECとしての事業化を目指してその後も研究開発を続けていきました」(杉林氏)
その後、NECは半導体事業から撤退し、NEC筑波事業所も閉所となってしまったが、ナノブリッジの技術や特許などはNBSに移管された。NBSは現在、つくば研究支援センター(TCI)に本社を構え、産総研つくば西事業所内のクリーンルームを研究拠点としている。
TCIといえば、連載第3回に登場したGCEインスティチュートも入居するインキュベーション施設だ。JAXAと産総研に隣接し、つくば駅からクルマで10分弱の立地にある。TCIには、スタートアップ企業やスタートアップの支援を行う企業の他、司法書士や税理士の事務所など、約120の企業/団体が入居している。創業支援やビジネスマッチングのサポートも行われており、つくばエリアのスタートアップエコシステムの一翼を担っている。
「TCIのコワーキングスペースを利用しながらインキュベーションマネジャーに創業支援をしていただき、2019年に会社を立ち上げました。TCIが開催している創業スクールにも参加し、そこで勉強したことは非常に参考になりました。また、特定創業支援等事業を受けたことで法人登記の登録免許税を減免していただくなど、最初の段階からつくば市の支援を受けています」(杉林氏)
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