Simulation Governanceの技術カテゴリー「ノウハウ活用」の診断結果:シミュレーションを制する極意 〜Simulation Governanceの集大成〜(6)(2/2 ページ)
連載「シミュレーションを制する極意 〜Simulation Governanceの集大成〜」では、この10年本来の効果を発揮できないまま停滞し続けるCAE活用現場の本質的な改革を目指し、「Simulation Governance」のコンセプトや重要性について説く。引き続き、各サブカテゴリーの項目のポイントやレベルの意味を解説しながら、詳細な診断データを眺めていく。連載第6回では、技術カテゴリーの中で「モデルと計算」とペアになる「ノウハウ活用」に着目する。
B9「判断ノウハウの定量化」
B9「判断ノウハウの定量化」の設問では、「設計に適用するための指針として定量的な判断指標がルール化されていて、シミュレーションの結果からOKかNGかを判定できるようになっているか」を聞いています。
ヒストグラムは前の2つとほぼ同様で、レベル1〜3に偏っており、レベル4と5を示した回答はゼロです。ちなみに、レベル3は“判断指標は明確で共有されているが、定量的に評価できていない”です。ここも本来であれば「モデル標準化と共有化」の場合と同様に、「できるはずなのにやっていない」のか、「難しくてできない」のか、状況を切り分けて分析する必要があります。
実際のところ、シミュレーションの結果は全て数値で表されていますので、判断ノウハウがいろいろなケースに場合分けされた複雑な経験則で構成されているようなケースであっても、プログラム化することで解決できますので、本質的な難しさはないはずです。あるいは「流体解析の渦の出方を見る」というような、結果図の“見た目”で判断する場合にしても、何らかのパターンを見ているはずなので、図のデータを分析してパターンの数値化はできるはずです。画像を学習させて判断するのはAI(人工知能)が得意な領域ですので、シミュレーションのポスト処理でのAI活用は今後加速度的に増えていくでしょう。
「ノウハウ」についてさらに深掘りして考える
今回、ノウハウをキーワードにしましたので、せっかくなので少し深掘りしてみることにします。実のところ、ノウハウの定義は曖昧で抽象的で、人により定義が異なるということに、皆さんは同意されることと思います。そうしますと、あるテーマや組織の中で、何をもってノウハウとすべきかを明確に定義しないことには、その先の議論が進まなかったり、ちぐはぐな議論になったりしてしまいます。
筆者も仕事柄、お客さまに対して、「ノウハウを形式知化しないといけません」であったり、「ノウハウを移管することが大切です」というようなことを、深く考えずに言い放っていた時期がありました。そのような状況で、そのままお客さまと会話し始めると、実現イメージがその場の中で共有できていないが故に、本来であればなるべく具体的なノウハウについて議論したかったはずなのに、高度なノウハウについての経験話に話題が向かってしまうなど、議論が収束しなくなることがありました。
そこで、このノウハウなるものを、シミュレーションというタスクに絞って考えてみることにしたのです。どの程度までが明確に記述でき、そして、最後の最後に残る高度で曖昧なノウハウが何であるかをあぶり出せないかと考えたのです。
そのとっかかりとして、整理してみたのが表1になります。まず、シミュレーションに関わるノウハウの種類にはどういったものがあるかを想起してみますと、最初に来るのは全てのノウハウの根源的な、データそのものになります。例を見ていただければ、当たり前と思われるでしょう。次が、前回のテーマになっていたモデル化作業というノウハウです。3番目が今回の項目の1つになっている計算手順(=プロセス)というノウハウです。ここまでの3つで、シミュレーションを実行するためのノウハウとなります。4番目は、モデルの精度指標を対象とした、予測品質というノウハウになります。前回のB3「精度保証と向上」で詳しく議論しましたので、確認ください。ここはモデル化が正しいかどうかを判断する、レベルの高いノウハウになります。5番目が、試行錯誤の履歴自体も学習プロセスとしてのノウハウであることを示しています。このテーマについては、連載第7回以降の「管理の仕組み」カテゴリーの「解析と実験のデータ管理」で詳しく触れる予定です。最後が、今回先ほど説明した「判断ノウハウの定量化」に相当します。
皆さんの会社にとってのノウハウは何か、どうすれば形式知化、定量化できるのかを徹底的に議論し、実行に移すことは非常に価値のあることではないでしょうか。ぜひこの表を使って議論の出発点にしてみてください。
種類 | 定義 | 例 | 実装方法 | 価値 |
---|---|---|---|---|
(1)データ | デジタル化されたデータ全て | 要求/設計仕様、CAD、CAEモデル、結果、報告書、実験データ、ライブラリ、問題 | 属性(タグ)付けによる検索 | 過去データとしての価値 共有・参照・再利用効率 |
(2)モデル化作業 | アプリ作業内の操作手順やコマンド実行手順 | 経験則、1Dモデル、3Dモデル、メッシュ、条件設定、ポスト処理 | ツール内作業のスクリプト化 | 作業の自動化による、負荷軽減と時間短縮 |
(3)計算手順 | アプリ実行とファイル入出力の順番とつながり | モデル化〜結果までのワークフロー、ポスト処理手順、実験データ後処理 | 解析手順のワークフロー作成 | 業務標準化による品質向上と自動化による時間短縮 |
(4)予測品質 | モデルの正しさや結果精度を判断する値 | メッシュ品質判定、材料データ設定、計算収束判定、実験データ比較など | ワークフロー内へ判定ロジックや自動処理組み込み | 技術スキルに依存しない信頼性の高い予測 |
(5)計算履歴 | 作業開始から目的達成までの変更履歴 | モデル変更履歴、結果履歴、値と形状の差分比較 | 変更履歴の自動取得 | 変更意図や結果の学習 |
(6)評価基準と判断 | 結果を判断する値、OK/NGの結果とその理由 | 目標や条件、規約を満足していない。その他の理由 | ワークフロー内へ判定ロジック組み込み、理由入力 | 判断根拠を客観的かつ定量的に明示 |
表1 シミュレーションに関わる設計知見 |
今回のまとめ
今回の「ノウハウ活用」は、前回の「モデルと計算」と対で、シミュレーションの計算品質に直結する問題です。ですので、毎度参照している「デザインとシミュレーションを語る」ブログの該当する箇所は、前回とかなり重複していますが、あらためてお読みいただけると理解がさらに深まるかと思います。
- 第50回:計算品質を標準化する価値……計算品質の標準化に向けた努力の例を衝突解析の歴史に着目して説明しています
- 第51回:計算品質を標準化するための方法論……Verification&Validation(V&V)の考え方を学会での参考文献を引用して説明しています
- 第52回:計算品質を起点として、設計品質を上げる取り組みへ……計算品質を向上させる取り組みプロジェクトの例を紹介しています
- 第53回:計算品質の標準化を実践するしくみ……計算品質保証の標準化を体系化するための構成概念を説明しています
- 第54回:計算品質保証の標準化の要求要件……計算品質保証の標準化を体系化する試みです
- 第55回:設計知見の蓄積と再利用のための実装と効果……シミュレーションに関わる設計知見を整理してみました。上述の表と同じ内容になります
本診断にご参加いただける企業の皆さまを随時募集しておりますので、診断参加にご興味のある方は、本連載を読んだ旨を紹介欄の筆者メールアドレスまでご連絡ください。 (次回へ続く)
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最後に筆者からのお願いです。本稿をご覧いただいた読者の皆さまからのフィードバックをいただけると大変励みになります。また、ご意見やご要望を今後の記事に反映させたいと考えております。無記名での簡単なアンケートになりますのでぜひご協力ください。 ⇒アンケートはこちら
筆者プロフィール:
工藤 啓治(くどう けいじ)
ダッソー・システムズ株式会社
ラーニング・エクスペリエンス・シニア・エキスパート
スーパーコンピュータのクレイ・リサーチ・ジャパン株式会社や最適設計ソフトウェアのエンジニアス・ジャパン株式会社などを経て、現在、ダッソー・システムズに所属する。39年間にわたるエンジニアリングシミュレーション(もしくは、CAE:Computer Aided Engineering)領域における豊富な知見やノウハウに加え、ハードウェア/ソフトウェアから業務活用・改革に至るまでの幅広く統合的な知識と経験を有する。CAEを設計に活用するための手法と仕組み化を追求し、Simulation Governanceの啓蒙(けいもう)と確立に邁進(まいしん)している。
- 学会活動:
2006年から5年間、大阪大学 先端科学・イノベーション研究センター客員教授に就任し、「SDSI(System Design & System Integration) Cubic model」を考案し、日本学術振興会 第177委員会の主要成果物となる。その他、計算工学会、機械学会への論文多数 - 情報発信:
ダッソー・システムズ公式ブログ「デザインとシミュレーションを語る」
▼筆者とのコンタクトを希望される方へ:
件名に「Simulation Governanceについて」と記載の上、keiji.kudo@3ds.comまで直接メールご連絡をお願いします。
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