旭化成の素材戦略、次世代半導体のパッケージ材料や水電解システムに重点投資:材料技術(3/3 ページ)
旭化成は、東京都内とオンラインで説明会を開催し、マテリアル領域における事業ポートフォリオの転換、成長事業の取り組みについて紹介した。
400億円でLIBセパレータの塗工設備増強
リチウムイオン電池(LIB)用セパレータや鉛蓄電池用セパレータを扱う旭化成のセパレータ事業では、LIBセパレータを利用するEVの市場拡大が見込まれる北米市場をメインターゲットとしている。LIB用セパレータとしては主に湿式セパレータ「ハイポア」と乾式セパレータ「セルガード」を販売中だ。
同社 常務執行役員 松山博圭氏は「米国ではインフレ抑制法(IRA)やEVの普及と関連産業育成に向けた各種政策でEVの市場が拡大しており、2030年には米国のEV化率が53%に到達する見込みだ。さらに、設備投資への補助金やEV購入時の税優遇などにより、米国内における自動車、LIB、各種部材の生産を後押している。LIBセパレータが生産しやすく売りやすい環境が構築されているため、当社では、公表しているLIBセパレータ用の米国塗工拠点(ノースカロライナ州シャーロット)新設に加え、さらなる投資の決定を目指している」とコメントした。
塗工設備の増強については、車載LIB需要の拡大に応えるため、総額約400億円をかけて米国、日本、韓国でLIBセパレータの塗工設備の増強を決定している。各塗工設備は2026年度上期より順次商業運転を開始する予定で、増強により年産12億m2(電気自動車約170万台相当)の塗工能力となる。そのうち、米国における塗工設備の増強では既存のセルガード生産拠点内に設備を設けることで工期と費用を短縮し、北米でのサプライチェーン構築を進める顧客のニーズに対応する。
北米展開に向けた事業戦略に関して、原料のポリエチレン(PE)を内製でき、セルガードを北米で量産可能な点などを強みにするとともに、外部資金の活用や垂直/水平協業の推進により北米に基盤を築いた上で、電池関連サービス事業の展開を進める。
ハイポアの販売量に関しては、民生用途の需要低迷と車載用途の拡大遅れにより足元は苦戦しているが、ターゲット市場を中心に新規引き合いは旺盛で、車載用途への本格展開により成長軌道への回帰を目指している。
2030年頃に1000億円規模の売上を目指す水素関連事業
水素関連事業は、宮崎県延岡市でアンモニアの原料として、水力発電を利用した水分解による水素の製造を1923年に開始した。1975年には、イオン交換膜法食塩電解システムを事業化し、独自技術により生産する電解システムとイオン交換膜の提供をスタートしている。イオン交換膜法食塩電解システムは現在、45年以上にわたる事業展開で、世界30カ国、150以上へのプラントに導入。イオン交換膜は世界でも高いシェアを獲得している。
2010年にはイオン交換膜法食塩電解システムの食塩電解技術をベースにアルカリ水電解システムの開発に着手した。2020年には、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション(GI)基金を活用して、福島水素エネルギー研究フィールド(福島県浪江町)に10MW級大型アルカリ水電解システムを設け、実証実験をスタートしている。
福島水素エネルギー研究フィールドに設置された10MW級大型アルカリ水電解システムの実稼働は3年を経過し、稼働期間は世界トップクラスだ。同社 上席執行役員の植竹伸子氏は「福島水素エネルギー研究フィールドに設置された大型アルカリ水電解システムの規模と稼働期間は世界的に見ても特筆すべき実績だと考えている」と述べた。
福島水素エネルギー研究フィールドで得られた知見を基に、大型アルカリ水電解システムを市場投入するための調整と社内検証を行っている。
同社が目指す大型アルカリ水電解システムのビジネスモデルは、10MWの同システムを1つのモジュールとし、複数のモジュールを接続することで、100MW以上の大型アルカリ水電解システムを提供する。「アルカリ型の水電解システムは大規模化しやすいため、大規模なグリーン水素の製造を求める顧客の要求に応えられる」(植竹氏)。
加えて、単なる装置売りにとどまらずソリューションビジネスとして展開し、顧客のニーズに合った基本設計を提案するとともに、同社の膜や触媒の技術を活用してスペアパーツを開発し提供することで、顧客に納品した大型アルカリ水電解システムをアップデートできるようにする。さらに、遠隔監視や予兆保全のサービスを高度化するために運転データを解析し、経済性が高い運転および保守の方法も提案する。
2025年には大型アルカリ水電解システムの事業化を行い、2030年頃にはリーディングサプライヤーとして1000億円規模の売上を目指す。まずは福島水素エネルギー研究フィールドで実証中の技術を完成させた後、2025年に事業化し、納入/運転実績を積み上げ、市場創出を進める。「製品化初期のタイミングはさまざまなリスクの発生が想定されるため、リスクを共有しながら取り組めるパートナー企業と国内を含むアジア近傍で運転実績を積み上げる」(植竹氏)。
併せて、NEDOのGI基金などの実証プロジェクトを活用し、プロジェクトの立ち上げやオペレーションに関するノウハウを蓄積する。NEDOのGI基金を活用して推進している福島水素エネルギー研究フィールドにおける大型アルカリ水電解システムの実証はサプライチェーンの企業と連携するフェーズに移行しているという。
植竹氏は「パートナー企業の日揮ホールディングスが福井県浪江町で1日当たり4トン(t)のアンモニアを生産できる中規模グリーンケミカルプラントの建設に着手した。この施設を活用して、当社は日揮ホールディングスと共同でグリーンアンモニアの生産を行う。次のフェーズでは、旭化成、日揮ホールディングス、Gentariの3社で、マレーシアで60MW級の大型アルカリ水電解システムとグリーンケミカルプラントの実証を実施する予定だ」と語った。
100MW級の大型アルカリ水電解システムを提供できるようになった際には、需要が多い欧州や北米をターゲットとする。将来は欧州をメインターゲットにGW級の大型アルカリ水電解システムをリリースすることも同社は視野に入れている。
現在は、国内外で検討されている複数のグリーン水素プロジェクトに参画するさまざまな企業と意見交換を行い、同社の大型アルカリ水電解システムに関して多くの引き合いを得ているという。「しかしながら、各プロジェクトの成功確度や市場に課題がある。その解決に当社も取り組むため、『Hydorgen Council』『水素バリューチェーン協議会』といった業界団体に参加し新しいエコシステムの開発に協力している」(植竹氏)。
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