Nano Terasuの全貌、住友ゴムはゴム材料の化学情報をリアルタイムに取得:研究開発の最前線(3/3 ページ)
住友ゴム工業は、宮城県仙台市青葉区で整備が進められている次世代放射光施設「Nano Terasu(ナノテラス)」で見学会を開いた。会場を移して同施設を用いた研究活動も紹介された。
住友ゴムのNano Terasu活用法
住友ゴム工業ではこれまで、SPring-8の高輝度X線を用いてゴム材料の実使用状態での動的計測を実現し瞬時に構造情報を取得してきた他、同施設の高コヒーレンスX線を使用しゴム材料の新たな知見を獲得してきた。これらの情報に加えて、Nano Terasuの完成後は優れた輝度を有す同施設の軟X線やテンダーX線を利用し、ゴム材料の化学情報をリアルタイムに取得する。
住友ゴム工業 分析センター センター長の岸本浩通氏は「ゴム材料の化学情報は、SPring-8の軟X線でも獲得できていたが、輝度が低かったため取得に時間がかかっていた。例えば、化学反応を起こした材料に軟X線を1時間かけて放射し化学情報を得ていた。一方、Nano Terasuの軟X線とテンダーX線の輝度はSPring-8より100倍高いため化学反応により変化するゴム材料の化学情報をリアルタイムに取得できる」と述べた。
これにより、SPring-8の高輝度X線でゴム材料の実使用状態での構造情報を瞬時に取得するとともに、Nano Terasuの軟X線とテンダーX線で化学情報を得られる体制を構築する。しかしながら、Nano TerasuのテンダーX線を用いたコヒーレントX線をサンプルに放射して得られるX線散乱データでも解析してイメージングを行うのは難しい。「それはX線散乱から多くの情報が入っているX線の位相を検出器が検出できないためだ」(岸本氏)。
そこで、東北大学の高橋氏が開発したテンダーX線ナノスコープ技術を使う。テンダーX線ナノスコープ技術では、テンダーX線を用いたコヒーレントX線をサンプルに照射し、コヒーレントX線散乱データを取得する。次に、コヒーレントX線散乱データを基に位相回復計算を行い、X線の吸収イメージと位相のイメージを得る。
続いて、テンダーX線のエネルギーを変えて繰り返し測定しイメージングを行うことで劣化状態などを可視化する。既に同技術で、リチウム硫黄電池に使用されている硫黄化合物のイメージングに成功している。「硫黄はタイヤの性能維持にも大きく関わるため、高性能タイヤの開発にも応用していきたい」(岸本氏)。
住友ゴム工業と東北大学 多元物質科学研究所が共同開発した高速4D-CTを用いてゴム材料が破壊されるメカニズムも解明する。高速4D-CTは、ゴム材料を伸長する機械やX線を用いた高速撮像システムとなどで構成され、破壊されつつあるゴムのメカニズムをイメージングできる。
岸本氏は「SPring-8で行った実験では、従来の4D-CTでは7.5秒あたり1回しか撮像できなかったが、高速4D-CTでは0.01秒あたり1回の撮像が行え、高速でゴム材料が破壊されるメカニズムを詳細に調べられることが分かった。既に従来の4D-CTでは分からなかったゴム材料破壊のメカニズムが高速4D-CTでは見られている」と語った。高速4D-CTの技術は「非平衡系MI(マテリアルズインフォマティクス)スキームによる未来材料開発期間の劇的短縮」として新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の先導研究プログラムに2023年に採択されている。
Nano Terasuの軟X線を用いてゴム材料の性能持続/劣化抑制技術の開発も加速する。具体的には酸素やオゾン、熱などで意図的に劣化を促進させているゴム材料にNano Terasuの軟X線を放射し「吸収端近傍X線吸収微細構造(NEXAFS)」を解析して、リアルタイムに劣化状態を可視化して、さまざまな条件における劣化のメカニズムを調べる。これにより、気温や道路の状態などが異なる多様な地域に最適なゴム材料の性能持続/劣化抑制技術を開発する。
岸本氏は「ゴム材料は酸素やオゾンによるゴム分子の劣化と熱による硫黄架橋の変化などで劣化するとされている。こういった状況を踏まえて、住友ゴム工業ではさまざまな地域で使用済みタイヤ用ゴムを回収し、九州シンクロトロン光研究センターの軟X線でゴム材料のNEXAFSを解析した。その結果、タイヤ用ゴムは地域によって劣化の仕方が異なることが分かった。これにより、その地域に最適なタイヤ用ゴム材料を開発するための重要な知見を得ている」と振り返った。
さらに、フレネルゾーンプレート、ピンホール、検出器から成り、軟X線を受けることで、サンプル内部の状態をマッピング可能な走査X線顕微鏡(STXM)とNano Terasuの軟X線を利用して、ゴム材料内のさまざまな添加剤や構造を可視化する。「Nano Terasuの軟X線は輝度が高いため、化学反応が起きているゴム材料内のさまざまな添加剤や構造のデータをリアルタイムに得られる。これにより次世代のゴム材料開発に向けた知見が得られるだろう。国内にある既存の放射光施設では軟X線の輝度が低いためリアルタイムにこれらのデータが取得できなかった」(岸本氏)。
なお、住友ゴム工業は、Nano Terasuを活用した先進研究と新技術開発を行うための拠点「住友ゴム イノベーションベース・仙台」を、Nano Terasuと同じ仙台市青葉区区内に2024年に開設する。また、トヨタ自動車が開発したMI導入支援クラウドサービス「WAVEBASE」を活用するとともに、産業技術総合研究所に人材育成や技術力の向上で協力を受け、超微量分析技術を持つ岡山大学の惑星物質研究所などの異分野とも連携しゴム材料の共創を行う。
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