筑波大発の水中ドローンスタートアップは“海のストリートビュー”を目指す:スタートアップシティーつくばの可能性(4)(3/3 ページ)
筑波研究学園都市としての歴史を背景に持つ茨城県つくば市のスタートアップシティーとしての可能性を探る本連載。第4回は、水中ドローンのスタートアップFullDepthの創業者である伊藤昌平氏へのインタビューから、地方都市とスタートアップ産業の関わりを探る。
東京が得意なことと、地方だからこそできること
筆者は「TSUKUBA CONNECT」という交流の場の運営に携わり、スタートアップの経営者やつくば市内で働く研究者たちがさまざまな情報交換を持てる場作りを目指して活動している。つくば市は魅力的な街で、東京都心へのアクセスもよい。ここで起業したスタートアップには、個人的にはつくばに残ってほしいと思っているが、FullDepthのように主要な活動拠点を東京へ移転する例は少なくない。
なぜ東京に移転するのだろうか。いろいろな要素が考えられるが、ほとんどの経営者が指摘するのは、人材とオフィスの問題だ。
つくば市の人口は約25万人。東京都の人口は約1410万人。文字通り桁が違う。ビジネスを大きく展開していく上では多種多様な人材が必要になるのは当然のことだ。
「東京から人材を引っ張ってくるのは、よほど強力で盤石なビジネスモデルを持っていなければ難しいと思います。ほとんどのスタートアップにとっては、都心で暮らしている人を地方に連れてくることはできないでしょう」(伊藤氏)
オフィスに関しても同様に、東京都心には大小さまざまな物件がひしめいている。つくば市内にもスタートアップ向けの新しいオフィスが増えているものの、数の差は圧倒的で、賃料相場も都心とあまり変わらない。VCなどと投資の相談をする機会も、都心に拠点があった方が何かと都合がいいだろう。
「東京にいると、周りから刺激を受ける機会も多いです。自分よりも若い起業家や、すごいスピードで成長していくスタートアップなどの活躍を見ていると、自分ももっと頑張らなくてはと感じます」(伊藤氏)
落ち着いた環境で研究に集中しやすいというメリットは、逆の見方をすれば、周囲から刺激を受けてガムシャラに頑張りにくいということでもある。これは表裏一体の関係で、どちらが正しいか優れているといったものではないだろう。ただ、多くのスタートアップの経営者と話をしてきた筆者の感覚として、スタートアップには「周りと競い合い、必死で頑張る」ことが重要な時期はあると思う。
伊藤氏と対話しながら想像したのは、シーズのゆりかごとしての機能に特化したスタートアップシティーの在り方だ。起業してアイデアをビジネスへと形づくるまでの初期段階のスタートアップを、金銭面や行政手続きなども含めたサポートで育て上げる。その後、資金調達を重ねて大きく成長する段階になったら、巣立っていくスタートアップを一度送り出す。ビジネスの拠点が大都市に移っても、研究開発拠点を地方に残してもらえるような支援策もあり得るはずだ。
FullDepthは2016年に初めて外部資金を獲得し、2019年には東京へと拠点を移したが、現在に至るまでつくば市内に研究開発拠点を持ち続けている。今後の事業展開を聞くと、「数年以内の上場を目指したい」と伊藤氏は話してくれた。上場が実現すれば、水中ロボットのスタートアップとしては日本初。ハードウェア系スタートアップとして見ても、上場例は数えるほどしかない。
地方で生まれたスタートアップが、東京で大きく成長してまた地方へと帰ってくる。軸足の一つを故郷に残しながら都会に拠点を移し、世界を相手に活躍する。これからはそんな地方発スタートアップが増えていくのかもしれない。地方都市が東京よりも有利なのはどんな要素なのかを、改めて問い直していく必要があるだろう。
FullDepth 取締役 共同創業者の伊藤昌平氏(右)と、本稿の筆者でありインタビュアーも務めたVenture Cafe Tokyo TSUKUBA CONNECT managerの堀下恭平氏(左)[クリックで拡大]
筆者プロフィール
堀下 恭平(ほりした きょうへい) Venture Cafe Tokyo TSUKUBA CONNECT manager
あらゆる挑戦を応援する場である「Tsukuba Place Lab」「up Tsukuba」「つくばスタートアップパーク」などのコワーキング/インキュベーション施設を運営するしびっくぱわー 代表取締役やつくばベンチャー協会理事兼事務局長などを務める。
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