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筑波大発の水中ドローンスタートアップは“海のストリートビュー”を目指すスタートアップシティーつくばの可能性(4)(2/3 ページ)

筑波研究学園都市としての歴史を背景に持つ茨城県つくば市のスタートアップシティーとしての可能性を探る本連載。第4回は、水中ドローンのスタートアップFullDepthの創業者である伊藤昌平氏へのインタビューから、地方都市とスタートアップ産業の関わりを探る。

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筑波大の起業家支援プログラムが転換点に

 FullDepthは筑波大学発のスタートアップだが、その出自は「大学発」のイメージとは少し異なっているかもしれない。

 筑波大学を卒業した伊藤氏は、2014年6月にFullDepthの前身となる会社を筑波大学 教授の中内靖氏と一緒に設立した。現在もFullDepthの取締役会長を務める中内氏は、学生時代の伊藤氏のクラス担任にあたる。

 創業した当初はロボットの受託開発を行っていたが、2015年に筑波大学が開催した「筑波クリエイティブ・キャンプ(TCC)」に外部受講生として参加したことで事業方針を転換する。

 TCCで「事業計画書を作ろう」と課題を出されて悩んだ伊藤氏は、学生時代の友人で当時はベンチャーキャピタル(VC)で働いていた吉賀智司氏に相談をした。これをきっかけに吉賀氏はFullDepthの共同代表として経営に携わることになり、2022年からは代表取締役社長を務めている。

「もともと受託開発を行っていたのは、自分の夢を実現するための資金をためるためでした。そのときの夢は、ナガヅエエソという深海魚を見ること。深海魚を撮影できるロボットを作りたかったんです。そのための準備期間だと考えていました。TCCに参加して吉賀とともに事業計画を真剣に考えたり、講師の方からアドバイスをいただいたりするうちに、自分の会社で事業として夢に挑戦するという決意が固まりました」(伊藤氏)

 大学発ベンチャーというと、研究室の教員や学生が研究していたプロジェクトから出発し、研究課題を活用することで起業するといったイメージがあるのではないだろうか。FullDepthの場合は卒業生とクラス担任の組み合わせによる起業だし、事業内容のピボット(企業経営における方向転換や路線変更のこと)も行っている。大学の起業支援プログラムに参加したときは、在学生ではなく外部受講生という立場だった。

 ちなみに2023年現在、TCCは学生向けのプログラムになり、教員や学外の創業希望者/創業支援者向けでは「つくばアントレプレナー育成プログラムBizDev講座」が継続して行われている。

自治体や大学の存在が「信用」につながる

 受託開発から水中探索事業へと転身することを決めたFullDepthは、翌年にはVCからの資金を獲得し、本格的に水中ドローンの開発をスタートさせた。当初は筑波大学のインキュベーション施設を利用していたが、2019年には主要活動拠点を東京へ移した。現在は東京オフィスとつくばオフィスの2か所を拠点としている。

 伊藤氏の主な勤務地は現在もつくばオフィスだ。その理由を「落ち着いた環境で働きたいから」と伊藤氏は話す。

「やはり、東京にいるよりも心のゆとりが生まれますね。静かで落ち着いた場所で研究に集中できるのは大きなメリットです。つくば市には研究所がたくさんありますが、この静かな環境が理由にあるのではないでしょうか」(伊藤氏)

つくばオフィスを中心に研究を行う伊藤氏
つくばオフィスを中心に研究を行う伊藤氏[クリックで拡大]

 つくば市には国立研究機関や民間企業の研究施設が多く集積している。市内で働く研究者は2万人を超え、人口10万人あたりの研究者は8000人と日本随一の水準だ。連載第3回で紹介したGCEインスティチュートの後藤博史氏も、つくばの暮らしやすさをこの地で創業した理由として挙げていた。

 行政によるスタートアップ支援策も充実している。例えば、家賃補助制度では、毎月5万円までの家賃をつくば市が補助してくれる。その他にも資金調達支援や企業間のマッチングサポートなど、茨城県とつくば市それぞれが協同しながら支援が行われている。

FullDepthの水中ドローンを運用している様子
FullDepthの水中ドローンを運用している様子[クリックで拡大] 出所:FullDepth

 FullDepthが受けたサポートで伊藤氏が特に印象に残っているのは、水中ドローンの開発初期に茨城県内のダムで実施した実証試験だという。

「ダムの中にドローンを沈めて調査する実証試験を、県の全面協力の下で行いました。まだ実績がなかったわれわれにとって、公共インフラであるダムに入る許可を取るだけでも大変なことです。そもそもどんな手続きが必要になるのかの想像もついていませんでしたから、誰とどのように調整すればいいのか勉強になりました」(伊藤氏)

 ディープテックスタートアップのように、画期的な社会実装を目指す新しいプロジェクトはそれを「始める」ことのハードルが高いことが多い。素朴に考えてみてほしいが、もしあなたが水力発電所の保守管理責任者だったとして、創業したばかりの会社が「水中ドローンを開発したので、使ってもらえませんか? まだ実績はないんです」と言ってきたらどうするだろうか。簡単には採用できないと考えるのが普通の感覚だろう。

「今にして思えば、筑波大学や茨城県、つくば市に支援していただくことは、信用を獲得する上でとても大きな要素でしたね」(伊藤氏)

 起業時から取締役に筑波大学の教授がいたこと。大学内の施設をオフィスにして、法人登記も大学内の住所で行ったこと。県や市による金銭面にとどまらないサポートを受けていたこと。こうしたことの積み重ねが「信用」へとつながる。インフラ産業や官公庁といった組織を相手にビジネスをするのだから、なおさら信用が大切になる。

 先述したダムでの実証試験については、茨城県の「いばらきロボット実証試験・実用化支援事業」という支援プログラムを利用したものだ。社会実験や実証試験の取り組みは、連載第2回のQoloを紹介した記事でも取り上げた「つくばチャレンジ」のような例もある。民間ではなく自治体だからこそ可能な取り組みの一つだ。

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