息を吹きかけるだけでがんの有無を診断、NIMS発ベンチャーが手掛けるMSSの可能性:CEATEC 2023
物質・材料研究機構発の嗅覚センサーのベンチャー企業であるQceptionは、「CEATEC 2023」で、販売している膜型表面応力センサー(MSS)を披露した。
物質・材料研究機構(NIMS)発の嗅覚センサーのベンチャー企業であるQceptionは、「CEATEC 2023」(2023年10月17〜20日、幕張メッセ)で、販売している膜型表面応力センサー(MSS)を披露した。
MSSは、NIMS国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(現在のNIMS/機能性材料) グループリーダーの吉川元起氏が、ノーベル物理学賞を受賞した物理学者のHeinrich Rohrer(ハインリッヒ・ローラー)氏やスイス連邦工科大学ローザンヌ校の秋山照伸博士とPeter Vettiger(ピーター・フェッティガー)博士らと共同で2011年に開発された嗅覚センサー素子だ。
ナノメカニカルセンサーの一種であり、MSSチップや感応膜などで構成され、従来のカンチレバー型構造では不可能であった高感度化と小型化を両立した新たなセンサー素子で、1mm2以下のサイズで従来型と比べ100倍の感度を実現している。
動作原理に関しては、MSSチップの検知部(ピエゾ抵抗素子)に感応膜が接続されており、感応膜が匂いを吸収し、応力が発生した後、その応力による電気抵抗の変化をピエゾ抵抗素子が検知する。ガスを吸着する感応膜は、有機/無機/生体材料などの材料を利用可能で、使用する材料によって匂いを吸収した際の反応が異なるため、測定対象や測定条件に柔軟に対応できる。加えて、既にさまざまな機能性材料を用いた感応膜がNIMSで300種類以上開発されており、現在も研究開発が続いている。
MSSを機械学習と組み合わせて利用することで、匂いに含まれる特定情報の高精度定量推定も行える。例えば、お酒の匂いからアルコール度数推定や、西洋ナシであるラ・フランスの匂いからの熟度(硬度)推定に対応する。さらに、ポンプやバルブなどを必要とせずセンサーチップだけで匂いを識別可能な「フリーハンド測定」も実現しているという。
MSSの販売会社として2022年5月に設立されたのがQceptionで、MSSを用いたサービスも展開している。具体的には、MSSの販売、簡易測定器の販売、生体ガスの測定などの事業を行っている。MSSの販売では、感応膜の種類によって検知できる匂い/ガスが大きく変わることを踏まえて、ユーザーのニーズに合わせてNIMSと協力しMSSに塗布する感応膜の選定と塗布作業を行う他、あらかじめ感応膜が塗布されたMSSの提供にも応じている。Qceptionの担当者は「国内でMSSチップに感応膜を塗布できる企業はほとんどないため、ユーザーの要望に応じた感応膜を塗布できることは当社の強みだ」と強調する。なお、8種類の感応膜を販売している。
一方、販売する簡易測定器は1つのMSSを搭載したもので、USBケーブルでPCと接続することにより匂いの測定が行える。センサーの出力値を時系列で表示し保存することにも対応している。
生体ガス測定では、MSSや呼気、汗などの生体ガスを測定し、対象生物の健康状態を診断するサービスを提供している。同サービスではMSSを用いた匂いの高精度測定やプロトン移動反応質量分析計(PTR-MS)を用いた匂い分析に応じており、これらで得られたデータを基に対象の生物の健康状態を判断する。「既にMSSの高精度測定で牛の健康状態を調べた実績がある」(担当者)。
価格(税込み)は、感応膜を塗布したMSSチップが4枚で22万円、簡易測定器は12万5400円、MSSを用いた匂いの高精度測定は20万円〜、PTR-MSを利用した匂い分析の定量評価は1試料当たり30万円〜。
こういった事業を展開するQceptionが、NIMSと共同で研究/開発に注力しているのがMSSを用いたがんの診断だ。両社の実験では、感応膜が異なる8種類のMSSで、がん患者の呼気と健康な人の呼気をセンシングした結果、検知された感応膜の反応ががん患者と健康な人の呼気で違うことが判明した。これによりMSSで呼気からがん患者か判断できる可能性があることが分かった。担当者は「当社のMSSを搭載したスマートフォンなどに呼気を吹きかけるだけで、体内にがんがあるかを判断できる可能性がある。このソリューションの実現に向けて研究を進めている」と話す。
また、空気清浄機に取り付ける目的で引き合いを得ているが、匂いセンサーで使用されている酸化物半導体や導電性ポリマー、電界効果トランジスターなどのほうが安価なため、現状は導入にはつながっていないという。
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