製造業の生成AI活用に3つの道筋、製造現場などでの活用事例を探る:製造現場向けAI技術(4/4 ページ)
最も大きな注目を集めるワードの1つである「生成AI」。製造業ではどのように役立てられるのだろうか。活用事例を幾つか取り上げるとともに、製造現場などでの活用事例を探る。
暗黙知を形式知化するサポートも可能?
以上の例を踏まえつつ、現状での製造業における対話型AIの有望な用途を大まかではあるが3点に整理したい。
1つ目は、社内業務を支援するQ&Aシステムとしての可能性だ。業務活用の面から見ると、対話型AIの最大の特徴といえるのが自然言語による質疑応答が可能な点となる。ChatGPTを活用したことがある人ならば、多様なジャンルの質問に流ちょうな自然言語で回答する様子をご存じだろう。
パナソニック コネクトやHPEが取り組んでいるのがまさにこうした分野となる。業務上の疑問点や現場での課題を迅速に解決するために対話型AIを役立てる。パナソニック コネクトの事例ではオフィス業務だけでなく、エンジニア職の業務においても有効に活用できる可能性が示されている。HPEのデモ事例では、迅速な問題解決が求められる現場業務であっても、既に現段階の技術である程度のレベル感の質問であれば十分適切に処理できる段階にあることが分かる。システムの構築方式次第だが、自然言語による問いかけの曖昧さをシステム側である程度吸収して適切な回答を返せるのは、既存のQ&Aシステムにはなかった強みとなるはずだ。
対話型AIを用いたChatGPTを社内データベースとセキュアに連携できれば、より自社、あるいは個人の業務に最適化されたAIアシスタントを構築可能になる。パナソニックコネクトがチャレンジしているのがまさにこうした分野である。組織固有のデータやノウハウをいかに対話型AIと組み合わせていけるかが重要だ。同様のシステムは顧客設備の保守点検といったフィールドサービスでも活躍が期待される。
2つ目は社内に蓄積されたデータの効果的な活用を実現し得る点だ。多くの製造業が社内にデータを蓄積しているが、それを事業や業務プロセスの変革に利用することができている企業は少数にとどまるとしばしば指摘される。製造業DX(デジタルトランスフォーメーション)における課題の1つだ。
旭鉄工の事例で示されているように、対話型AIを使うことで目的のデータを迅速に検索できるようになる。既存の検索システムと異なるのは、やはり自然言語で目当てのデータを探せる点だろう。目的のデータの種別に合致する検索ワードを厳密に指定せずとも、対話型AIを組み込んだ検索システムが適切と思われる回答を自動的に提案してくれる。ただChatGPTのようなシステムは誤った検索結果を示す可能性もある。旭鉄工の場合はこうした不正確さも対話型AI活用のメリットとして捉えている様子が見受けられるが、同様の取り組みを行う際には注意すべき点だと言えるだろう。
3つ目は、人の考えやアイデアを明確化する「壁打ち」としての役割だ。パナソニック コネクトの事例では、自社技術を基にビジネスアイデアを提案させていた。アイデアのたたき台を大量に作成させて、それらを吟味し、より具体的な計画案へと精緻化していける。さらに、アイデアを基にした計画立案のための情報収集やドキュメント作成まで任せられれば、人間はより重要度の高い意思決定プロセスなどに注力しやすくなる。
対話型AIはドキュメントの要約、翻訳業務やモデリング、図面検索やデータ分析、R&D(研究開発)への適用など、製造業のさまざまな分野への適用が考えられる。プログラム作成を大きく効率化し得るのも大きな魅力だ。生成AIが提案したコードで作られたアプリケーションをそのまま現場投入することはできないが、例えば、動作検証のための大量のテストデータを作成させるなどの効率化手法が考えられる。DXが急務といわれる一方で慢性的なIT人材不足に悩む製造業にとって、有効な使い道になるはずだ。
もう1つ、補足として生成AI活用の可能性を提示したい。人の考えやアイデアを明文化する、いわば「暗黙知の形式知化」への適用が期待される点だ。製造業向けITサービスを開発するある企業は、ChatGPTとの対話を通じて熟練労働者の暗黙知を効率的に見える化できるのではと指摘していた。現状、こうした暗黙知を形式知化するには、ヒアリングやモニタリングを通じて人間が「発見」する必要があるが、この業務支援に使えるのではないかということだ。熟練者のノウハウを形式知化できれば、自動化の推進や技能承継の加速につながる可能性もある。
導入には対策も必須
対話型AIの業務活用においては対策すべき課題もある。代表的なものの1つが、ハルシネーション(幻覚)の問題だ。質問に対して正確性に欠ける情報を提供してしまう現象で、ChatGPTなどが「まことしやかにうそを吐く」などと評される理由となっている。
仮にハルシネーションが生じても、生成AIに作成させたものが重要度の低い社内向けドキュメント程度であれば問題が波及するリスクは比較的低く済む。しかし、現場作業員が設備のトラブル解決方法を尋ねる、あるいは顧客の保守点検業務で必要な情報をリクエストするといった用途だと、クリティカルな問題を引き起こしかねない。例外的な事象に対して独自の回答を勝手に生成するといったトラブルも予想される。予想外の回答を未然に防ぐ取り組みは必須となる。
もう1つ、ChatGPTなど社外のサービスを活用する場合は情報漏えい対策も必要だ。2023年3月には、Samsung Electronicsの社員がChatGPTに機密情報を入力する事案があったという報告がなされた。こうした事態を防ぐために、社内規則の整備まで含めた対策も当然必要だ。
今回は生成AIの中でも対話型AIに焦点を絞ったが、画像生成AIなどと組み合わせて製品デザインの設計業務を省力化するといった取り組みも進んでいる様子だ。生成AIによって製造業の各業務プロセスがどのように変革されていくのか。また、そこでどのような課題が顕在化してくるのか。引き続き、動向を追っていきたい。
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