「床が灰皿」だった昔ながらの金型屋が、キッチリ整理の工場に変わった理由:ワクワクを原動力に! ものづくりなヒト探訪記(4)(6/6 ページ)
本連載では、厳しい環境が続く中で伝統を受け継ぎつつ、新しい領域にチャレンジする中小製造業の“いま”を紹介していきます。今回はプレス金型を製造している飯ヶ谷製作所を取材しました。
「プレス金型職人の妻」がYouTubeにも挑戦
美雪さんは「プレス金型職人の妻」として、YouTubeに動画を投稿されています。中でも記者のおすすめはこちらの動画です。
この動画のテーマは「ノック抜き」。金型からノックピン(位置決めに使うピン。別名ダウエルピン)を取り外す作業のことですが、とても力が必要です。いつもは目いっぱいに力を入れてノックピン抜きをしていた美雪さんですが、ある時出会った、軽い力でノックピン抜きができる工具を紹介しています。
「地獄のノック抜き」に立ち向かう美雪さんと工場の様子に臨場感があり、金型工場で働く様子がリアルに伝わります。
――YouTubeはどういった経緯で始められたのでしょうか?
美雪さん いつも「とりあえず何でもやってみよう」と考えていて、YouTubeは流行っているし、やれるかもしれないと思い始めました。子供たちからは「お母さんの日記みたいだね」といわれています(笑)。自分の記録みたいなものでもありますね。
――この映像を撮影しているカメラは、YouTubeのために取り付けられたのですか?
智さん いえ、もともとは稼働状況を遠隔で見るために取り付けた監視カメラです。機械の前にいなくても状況を把握したくて以前から取り付けていました。工場内に10台取り付けています。
美雪さん YouTubeのためにカメラを回すのはなかなか難しいですが、もともとあるカメラで撮影した映像に、テロップを取り付けるくらいならできるなと思ってやっています。
――YouTubeの反響はいかがですか?
美雪さん 海外の方からのコメントが多く、いつも翻訳サイトを使って返しています。独特な世界観のせいか……反響が特にあるわけではないです。でも、続けていたら何かにつなががるかもと感じていたところに、今回の取材というお話をいただけた訳ですから、また何か新しい仕事などが生まれたら良いなと思います。
ロボット導入にもチャレンジしたい
――今後新たに取り組みたいことや、変えていきたいことなど、目指す方向性を教えてください。
智さん これまでやってきた金型の仕事は、これからも深めていきたいですね。今まで以上に付加価値の高い複雑な構造の順送型※や、自動化に対応するような金型に挑戦したいです。
※プレス金型には「単発型」と「順送型」があります。単発型は1つの加工を1つの金型で行う、順送型は複数の加工を1つの金型で行います。順送型は自動で複数の加工を行うため、単発型に比べて加工速度が速いですが、その分金型の構造が複雑なため、技術や経験が求められます。
――具体的に思い描いている工場内の自動化はありますか?
智さん うちはプレス金型による成形の少量生産も請け負っているのですが、そこに関節ロボットを導入して成形の自動化ができるのではないかと考えています。ロボットはだんだんと安価になってきているので、いずれは導入したいですね。
――美雪さんはいかがでしょうか?
美雪さん 先ほど荷下ろしの場所が狭くて大変だという話をしましたが、荷下ろし場の改造をやりたいと思っています。荷下ろし用のクレーンを取り付けたいんですが、コストを考えるとまだ踏み切れていません……。でもいつかは変えたいと思っています! あとは、工場内のレイアウトや動線もまだまだ完成とはいえないので、もっと良くしていきたいです。
――工場内もまだまだ変わっていくんですね!
美雪さん はい! 例えば、現状のレイアウトだと機械と壁が近くなってしまっていて、壁の側にある棚に置いてある部品を取るのが結構大変なんです。比較的使用頻度の低いものをしまっているので、日常的に不便なことはないんですが、気になっている部分なのでもっと改善したいですね。
飯ヶ谷智さんのTwitterはこちらから→@PuressDie
あとがき
今回インタビューをさせていただいた、元金型メーカー勤務の中野です。私も在籍していた当時は、工場の改善活動を行っていました。その大半は、工具の収納場所を決めるとか、在庫が分かるように工夫するなど、ささいなことです。でも、そのささいなことが継続できずにいました。
私の体感ですが「整頓された状態をキープすること」は本当に難しいと思います。特に、金型メーカーは金型の部品や道具の種類が多く、その大きさもバラバラで、収納場所や方法を考えるだけでも一苦労でした。
飯ヶ谷さんの整理整頓された工場に驚きました。「使い終わったら元の場所に戻す」というのを、一人一人が徹底していないと、これだけの整理整頓はできないと思います。
どうしてここまで整頓された工場をキープできているんだろうと考えると、やはり「自分たちの仕事がしやすいようにする」という考えが根底にあるからだと感じました。工具の収納1つとっても、空いている場所に工具の収納場所を作るのではなく、自分たちがその工具を使う時のことを想定して場所を決めておられます。「自分たちが使いやすい工場にしたい」と考えているからこそだと感じました。
飯ヶ谷さんご夫妻と一緒に働かれている女性スタッフの方に話を聞くと「マシニングにドリルを取り付ける時、どうしても届かなかったのですが、それを社長に話すとすぐに踏み台を作ってくれました」とおっしゃっていました。「そこで働く人たちにとって、良い工場にする」というのは、こういうことなんだろうなと感じました。
また、「やれるかどうかというより、できる方法を考えてやるのが好きなんです」と話す美雪さんと智さんは、椎間板ヘルニアを患ってしまった愛犬ペルのために、なんと特製エレベーターを自作しています! 天井を剥がし、クレーンを取り付けるという大掛かりな改造ですが、自分たちで材料を調達して製作したそうです。詳しくは、美雪さんのブログをご覧ください!
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著者紹介
ものづくり新聞
Webサイト:https://www.makingthingsnews.com/
note:https://monojirei.publica-inc.com/
「あらゆる人がものづくりを通して好奇心と喜びでワクワクし続ける社会の実現」をビジョンに、ものづくりの現場とつながり、それぞれの人の想いを世界に発信することで共感し新たな価値を生み出すきっかけをつくりだすWebメディアです。
2023年現在、100本以上のインタビュー記事を発信し、町工場のオリジナル製品開発ストーリー、産業観光イベントレポート、ものづくり女子特集、ものづくりと日本の歴史コラムといった独自の切り口の記事を発表しています。
編集長
伊藤宗寿
製造業向けコンサルティング(DX改革、IT化、PLM/PDM導入支援、経営支援)のかたわら、日本と世界の製造業を盛り上げるためにものづくり新聞を立ち上げた。クラフトビール好き。
記者
中野涼奈
新卒で金型メーカーに入社し、金属部品の磨き工程と測定工程を担当。2020年からものづくり新聞記者として活動。
広報・マーケティング
井上史歩
IT企業の広報在籍の後、ものづくり新聞にジョイン。ものづくり業界で働く女性のための新企画を制作中。
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