弱い刺激が細胞に与える影響を高感度に検出する手法を開発:医療技術ニュース
理化学研究所は、プロテインアレイ法を利用して1つの試料を繰り返し測定することで、細胞内に生じる小さなダメージや弱いストレスを高感度に検出し、細胞に与える影響を調べる手法を開発した。
理化学研究所は2023年2月17日、細胞内に生じる小さなダメージや弱いストレスを高感度に検出し、細胞に与える影響を調べる手法を開発したと発表した。
放射線が細胞に与える影響は、細胞のダメージやストレスに応答する指標タンパク質の量から推定できる。今回の研究では、多数の試料を同時に扱えるプロテインアレイ法を用いて、比較的弱い放射線を照射した細胞内の指標タンパク質を精密に定量する手法を開発した。
まず、手のひらサイズ(70×85mm)の基板上に細胞抽出液である試料を少量ずつ並べるためのアレイヤー(自動アレイ作製装置)を開発した。アレイヤーのスタンプヘッドが備える192のピンの先に試料を付けて、基板上に塗布(スポット)する。塗布する位置を少しずつずらしながらスポットを繰り返すことで、最大7000スポットのアレイを作製できる。
このアレイヤーを用いて、γ線をヒト由来線維芽細胞に50時間照射し、細胞内のタンパク質量を調べた。γ線の線量率は、長時間の照射で細胞に微小な影響が出るとされる中線量率域の下限近くに設定した。また、解析するタンパク質は、放射線により作られる活性酸素種に応答するものや放射線によって傷ついたDNAの修復に関わるものなど46種類を対象とした。
タンパク質を精密に定量するため、1回の照射実験につき、4枚の培養シャーレを用いて同質の細胞試料を4個ずつ調整し、基板上に8回スポットして、32個のスポットを作製した。さらに、日を変えて照射実験を合計3回繰り返すことで、1実験の条件当たり96個のスポットで構成されるアレイが作製された。タンパク質量は、特異抗体を用いた蛍光検出により定量した。
3回の反復実験で、非照射時のタンパク質量が実験ごとに少しずつ異なっており、培養細胞内のタンパク質量が変動している可能性が示された。また、照射後のタンパク質の増加率は再現的であることが明らかとなった。
繰り返し実験による細胞内タンパク質量の変化の箱ひげ図。左がiNOSタンパク質、右がリン酸化ATM1タンパク質を示す。どの実験でも、iNOS、リン酸化ATM1ともに放射線照射によって量が増加した。非照射試料中のiNOSタンパク質の量は3回目、2回目、1回目の順に多かったが、リン酸化ATM1タンパク質量は1回目が一番多かった。[クリックで拡大] 出所:理化学研究所
3回の実験から得られたタンパク質定量をメタ解析したところ、46種類のタンパク質のうち18種類が増減率10〜30%を示し、8種類は50〜130%の増減率を示した。残りは10%以内の増減率だった。
10%以上の増減を示したタンパク質は、活性酸素種に応答するストレスシグナルタンパク質と、放射線によって傷ついたDNAの修復や細胞増殖の抑制、細胞老化の前兆現象に関わるタンパク質だった。これは、DNAが放射線により直接的に、あるいは活性酸素種の発生を介して間接的にダメージを受けることで、細胞増殖の鈍化や老化が始まることを示すものだ。
活性酸素種の発生によって起動する細胞内ストレス応答系。青い四角や丸はタンパク質の種類を表す。活性酸素種が発生すると、それを感知するタンパク質から下方のタンパク質へ、リン酸化(ピンク色のpで表示)を介したシグナル伝達が起きる。図中の棒グラフは、放射線照射下(IR)と活性酸素発生下(PC:対照実験)でのタンパク質の増減率(メタ解析を適用後)を示す。棒グラフの赤は10%以上の増加、青は10%以上の減少、黄は10%未満の増減を示す[クリックで拡大] 出所:理化学研究所
細胞への刺激が弱いほど細胞内の変化は小さくなるため、これまで弱い刺激が細胞に与える影響を解析するのは困難だった。今回の研究成果により、弱い放射線照射や低用量薬剤の投与などが細胞に与える影響を評価する手法の開発が期待される。
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