危機が常態化した製造業、インダストリー4.0は成果上げるも「さらに推進を」:製造マネジメント インタビュー
データ流通基盤の構築を巡る動きが世界中で加速している。国内製造業はどのように向き合っていけばいいのか。SAPでExecutive Boardのメンバーを務めるトーマス・ザウアーエスィッグ氏に話を聞いた。
IoT(モノのインターネット)などで収集した設備などのセンシングデータを基に工場を自動化、高度化する「インダストリー4.0」という概念が世に出て時間がたった。現在、日本だけでなく世界の製造業が、この概念が企業競争力を高めるカギになると捉えて実現に向けた取り組みを推進している。
また、さらに昨今では企業内でのデータ活用にとどまらず、企業間で連携を模索する動きも出ている。それに伴い、データ流通基盤の重要性が高まっており、実現に向けた仕組みづくりや検討が世界各国で進められている。企業の垣根を越えて製品情報やサプライチェーン上のさまざまなデータを収集、共有、活用していく仕組みを共通化できれば、製造業は業務をさらに高度化、自動化していくことができるだろう。既にこれらの議論は進み、欧州では「GAIA-X」や「Catena-X」のようなデータ流通基盤が登場しつつある。
これらの動向に、国内製造業はどのように向き合うべきか。製造業におけるデータ活用の現状と最新動向などについて、SAPでExecutive Boardのメンバーを務め、Product Engineeringを担当するトーマス・ザウアーエスィッグ(Thomas Saueressig)氏に話を聞いた。
重要性増すインダストリー4.0の概念
――製造業全体で共通する情報基盤への関心度が高まっています。
トーマス・ザウアーエスィッグ氏(以下、ザウアーエスィッグ氏) コロナ禍を経て「ニューノーマル」という言葉が生まれたが、ニューノーマルというのは常に危機管理が求められるということが分かってきた。この数年、気候変動やエネルギー問題、パンデミック、地政学的なリスク、インフレなどさまざまな危機がグローバルで生じている。製造業もサプライチェーンの混乱や部材、原材料の価格が上昇するなどの影響を避けられていない。
そういう背景の中で、インダストリー4.0の概念がこれまで以上に重要性を増している。企業のインテリジェントなネットワークが非常に大切になっており、アジャイルな計画変更を実現することに加えて、サステナビリティの観点からE2E(エンドトゥーエンド)でカーボンフットプリント(CFP)を交換していくネットワークの重要性が増している。
当社にはデジタルサプライチェーンのプロダクトポートフォリオがあり、これらを活用することで企業がアジリティやコネクティビティ、サステナビリティを実現するための支援を行える。
――サプライチェーンはどう変わるべきだと考えますか。
ザウアーエスィッグ氏 サプライチェーンは垂直と水平という2つの視点からプロセス統合を見ていくことが大切だ。まず、垂直統合に関しては現場機械から経営層までをつなげることが大事になる。製造機械から大量のデータを取得し、さらにコネクティビティのプロセスにAI(人工知能)を適用することができれば、製造現場での最適な自動化を達成できるだろう。
またAIを使用することで、生産に関する予測モデルを製造現場に導入することも期待される。AR(拡張現実)のような技術で、製造現場の働き方を変えることも可能だろう。倉庫業務についても「SAP Warehouse Operator」のようなソリューションを使うことで、プロセスを最適化できる。
いずれにせよ、求められているのはE2Eで製造プロセスをデジタル化、近代化することだ。最新のテクノロジーを使うことで製造のプロセスを自動化することはできる。しかし、ここでより大きな課題になっているのは、1日に何十億と新しいデータが出ても組織がサイロ化していると有効に活用されないことにある。
データをスマートに使うことがプロセスの最適化、ひいてはインダストリー4.0の実現につながる。当社でも製造業のプロセス改革を支援して近代化する「SAP Digital Manufacturing Cloud」などのソリューションを提供している。
――水平統合の観点から見るとどうでしょうか。
ザウアーエスィッグ氏 水平に見た時のプロセス統合は設計と製造プロセスを結ぶ「Design to Operate」の観点などに基づき、全体をE2Eでつなげることが大事だ。プロセスを最適化するために、バーチャル世界でのデジタルスレッドを活用したプロセス統合も可能だろう。SAPもこうした課題に対して、エコシステムを越えたパートナー企業との連携を図って解決を目指している。
立ち上がり見せる「Manufacturing X」
――インダストリー4.0の概念が世に出てから、ある程度の時間がたちました。実現に向けた状況をどのように見ますか。
ザウアーエスィッグ氏 それなりに成果は出ていると思うが、日本を含めた世界全体でインダストリー4.0の実現に向けた取り組みをさらに推進する必要がある。日本の製造業は、これまで世界のスタンダードを決定する役割を担ってきた産業で素晴らしい。だが、プロセスのデジタル化という観点から見ると、さらに改善の余地が存在するのではないか。
企業を越えたネットワーク構築に向けた連携が必要だ。世界全体で見ると、自動車業界におけるCatena-Xのように、さまざまな国の企業がデータ連携するためのネットワークが作られ始めている。
――データ流通のために業界固有の基盤を構築する動きが広がっています。
ザウアーエスィッグ氏 ネットワーク構築には信頼されたアクセスに基づくオープンデータ交換の空間が必要になると考えている。空間づくりを支援する役割を担うのが、例えば、欧州のデータ流通基盤GAIA-Xなどだ。
最近では自動車産業を対象としたCatena-Xのコンセプトを発展させた、製造業全体のデータ基盤となる「Manufacturing X」の構想も進んでいる。企業間のネットワーク強化がデジタルサプライチェーンの生産性向上を生み、レジリエンスを高めることにつながる。
――Manufacturing Xの実現に向けた取り組みはどの程度進んでいるのでしょうか。
ザウアーエシッヒ氏 まだまだ始まったばかりという印象だ。EU(欧州連合)でも専用の助成金を立ち上げて、これから拡大していこうという時期にあると思う。実行を加速する上ではCatena-Xのようなコンセプトがキーになる。
――Catena-XやManufacturing Xのようなデータ共有基盤の存在に、日本企業はどのように向き合えば良いでしょうか。
ザウアーエスィッグ氏 データ共有は世界全体で、グローバルなアプローチがとられるべき問題だ。日本はメーカー大国だが、(データ共有の)ベストプラクティスを企業間で伝えることも大事になる。
特に現在は製造業のグリーン化に関して、GHG(温室効果ガス)プロトコルにおけるスコープ3でのカーボンフットプリント(CFP)のデータ収集のように、自社の枠を超えた連携が求められるようになっている。多くの企業が学び合う姿勢が大事だ。
サステナビリティの取り組みでは、世界中の企業に合わせて、業界共通でデータ関連の規格標準化と共通のネットワークを作ることが重要になる。透明性のあるデータのやりとりが大切になるが、当社もこうした標準づくりにパイオニアとして取り組み、課題を解決していきたい。実際に、デジタルツインやデジタルスレッドといった技術を使うことで、プランニングの段階からデータの予測に役立てられることが分かっている。
――国内製造業の取り組みをどのように評価しますか。
ザウアーエスィッグ氏 当社は日本市場を密に追っており、実際にインダストリー4.0を視野に入れたグローバル共創施設や研究開発組織などをオープンしてきた。顧客やパートナーとは良好な関係を保っている。
私自身も日本企業を幾つか訪問して、欧州に持ち帰ることのできるさまざまな知見を得た。日本の製造業はこれまで「品質」の面でずっと最前線を走ってきた国だ。製品の細部にまでこだわりを持っている点が素晴らしい。
今後の製造業はさらに大きなチャンスをつかむために、AIを活用したクラウドソリューションなどを活用して、より上位レベルのベストプラクティスを実行できるようにするとよいだろう。
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