究極は人体拡張? 10m以上のワイヤレス給電で新たな世界を描くスタートアップの挑戦:組み込み開発ニュース(2/2 ページ)
米国スタンフォード大学発のスタートアップ企業エイターリンクは2022年9月21日、報道向けの説明会を開催し、同社の取り組みとマイクロ波ワイヤレス給電システム「AirPlug」の紹介を行った。
FA、ビルマネジメント、バイオメディカルの3領域で拡大
エイターリンクは既に設立第1期から黒字化に成功しており、第2期も黒字で終え、売上高も4倍になったという。エイターリンクが「AirPlug」の展開先として、注力するのが、FA(ファクトリーオートメーション)、ビルマネジメント、バイオメディカルという3つの領域だ。
FA領域では、生産ライン内で駆動するさまざまな機器やそのセンサー向けの給電用途を想定する。岩佐氏は「工場内では断線による機械異常でライン停止が発生している。ワイヤレス給電が行えれば、これを防ぐことができる」と価値を述べる。既に、大手センサーメーカーとの協業を進めており、2023年1月からは本格的に顧客企業の製品に導入される予定で、年間売り上げ60億円を見込むという。
ビルマネジメント領域では、環境センサーの給電用途を想定する。例えば、ビル空調ではエアコン内に設置した環境センサーでの計測結果と、実際に使用する人の体感環境が異なり、オフィスの快適性や省エネ性を損なう状況が生まれている。ワイヤレス給電により人に近い環境にセンサーを設置することでこのギャップを埋める考えだ。既に、竹中工務店などと協業を進め、竹中工務店の静岡営業所に導入。この他にも建築事業者との協業を進め、国内ビル6棟で導入予定だとしている。
協業を行う竹中工務店 技術研究所 未来・先端研究部 先端数理グループ 主任研究員の松岡康友氏は「ワイヤレス給電技術には長く注目してきたが、エイターリンクの技術は実際に使えると感じたため、伴走し続けてきた。その中で2021年10月に完成した静岡営業所にいち早く導入できたのはうれしい成果だ」と訴える。さらに「建築業界では、空調や照明用では温度や照度を計測するセンサーを人の近くに付けることを目指しているが、ある程度の規模のビルであれば、センサーが1万台程度も必要になる。これを電池交換することを考えるとメンテナンス性の面で実現性がない。ワイヤレス給電であればそこを解決できる。また、顕在化しているニーズだけでなく、電力面の問題で壁面から動かせなかったスイッチなど、さまざまなものを変えていける可能性がある」(松岡氏)としている。
バイオメディカル領域については、グローバル医療機器メーカーなどと協業を進め、2025年に市場投入予定だという。これらの事業拡大推進とともに、海外にも拠点を拡張する。「FA関連では導入製品が30カ国で展開される予定であり、グローバルでの拠点整備が必要な状況だ。2023年6月までに、米国2拠点、ドイツ1拠点を作る予定だ。数年後には30〜50拠点の設立を目指す」(岩佐氏)。また、国際的な標準化活動にも取り組む方針だ。
新しい価値をワイヤレス給電で後押しする
これらの急速な事業拡大の中で課題となっているのが、人材だ。「1年間で100人採用する予定が現状で決まっているのは30人程度だ。人材を増やしていけるのかが成長を加速できるかどうかのカギだと考えている」と岩佐氏は述べる。一方、技術面では基盤となる技術はほぼ確立できているが「顧客ニーズで小型化を進めたり、要望に応じた対応は必要になる。また、これからは顧客製品にわれわれの製品が組み込まれるなど、量産フェーズに入る。コストを含めた品質保証など、量産に必要な総合的な体制を整えていく」と田邉氏は語る。
一方で、エイターリンクが見据えているのはもっと先の世界だ。「デジタル化を進めた先の理想形がスマートフォン端末だとされているが、本当にそうなのかと疑問に思っている。スマートフォン端末はデジタル処理を一度、映像情報というアナログに変換して表示し、人はそれを視覚で受け取り、電気信号に変えて脳で処理している。究極的にはブレインマシンインタフェース(BMI)のような世界がデジタル処理を効率的に行う究極系だと考えると、人体拡張という発想で人とより近い位置で使うデバイスが増える。その際にはワイヤレス給電が必須となるだろう。今あるモノだけではなく、こうした新しい価値とワイヤレス給電を組み合わせることで新しい市場を築いていくことを目指している」と岩佐氏は経営の方向性についてを語っている。
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