検索
連載

「学習用データセット」は共同研究開発の成果物に入りますか?スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(6)(3/3 ページ)

本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第6回は前回に引き続き、共同研究開発契約をテーマに留意点を解説していく。

Share
Tweet
LINE
Hatena
前のページへ |       

OSS利用時の注意点

 AI分野など、ソフトウェアの開発においてはOSS(オープンソースソフトウェア)が利用されることも多くあります。ただOSSは開発コストや期間を大幅に短縮できる一方、無保証で提供され、品質保証や技術サポートがなく、第三者の知的財産権の侵害の有無も保証されていないことがほとんどです。OSSの利用や何らかの問題が発生した場合の責任に関する規定を設けることが望ましいでしょう。

 具体的には、まず、OSSを利用して開発する当事者が、他の当事者に対して採用予定のOSSの概要を通知します。これに対して他方当事者もOSSによる開発コストの削減や開発期間の短縮といったメリットを享受できるので、原則的に、自身の責任で採否を決定するようにする、というところが1つの落としどころになるでしょう。ただし、開発当事者はソフトウェア開発の専門家なので、OSSの利用によって生じた問題については、故意または善意重過失が認められる場合は、免責を認めないとすべきでしょう。モデル契約書(AI編)(共同研究開発契約22条)も参考にしてください。

第22条 甲は、本共同開発遂行の過程において、本件成果物を構成する一部としてオープン・ソース・ソフトウェア(以下「OSS」という。)を利用しようとするときは、OSSの利用許諾条項、機能、脆弱性等に関して適切な情報を提供し、乙にOSSの利用を提案する。

2 乙は、前項所定の甲の提案を自らの責任で検討・評価し、OSSの採否を決定する。

3 本契約の他の条項にかかわらず、甲は、OSSに関して、著作権その他の権利の侵害がないことおよび不適合のないことを保証するものではなく、甲は、第1項所定のOSS利用の提案時に権利侵害または不適合の存在を知りながら、もしくは重大な過失により知らずに告げなかった場合を除き、何らの責任を負わない。

ノウハウの流出を防ぐために

 共同研究開発は、互いに重要な技術情報やノウハウなどを開示することが多々あります。これらの情報が競合他社に流出しないよう、以下のように、第三者との間で同種の共同研究開発を行うことを禁止する場合があります。

(例)

第●条 甲及び乙は、本契約期間中、相手方の書面による事前の承諾を得ることなく、本研究と同一または類似する研究開発を第三者との間で行ってはならない。

 事業連携指針でも、連携事業者が有する技術の競合他社への流出などの懸念に対し、「スタートアップは、合理的期間に限った第三者との競合開発の禁止規定(中略)を設定するなどし、連携事業者の懸念に配慮することも検討することが望ましい」と指摘しています。

 なお、公正取引委員会が発行する「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」においても、「共同研究開発のテーマと同一のテーマの独自の又は第三者との研究開発を共同研究開発実施期間中について制限すること」(同指針より)は原則として不公正な取引方法に該当しないとされています。また、同指針において、「共同研究開発終了後についての研究開発の制限は、基本的に必要とは認められず、参加者の研究開発活動を不当に拘束するものであるので、公正競争阻害性が強いものと考えられるものの、共同研究開発終了後の合理的期間に限って、同一又は極めて密接に関連するテーマの第三者との研究開発を制限することは、背信行為の防止又は権利の帰属の確定のために必要と認められる場合には、原則として公正競争阻害性がないものと考えられる」(同上)としていることにも留意する必要があります。

経費負担はどう設定するか

 共同研究開発においては、その分野などにもよるものの、相当額の経費が生じることが多いです。そのため、かかる経費の負担をあらかじめ定めておくことが、後日の争いを防止するためにも重要になります。モデル契約書(新素材分野)(共同研究開発契約5条)では以下のように記載しています。

第5条 乙は、本研究を行うにあたって生じた経費(甲が費消した研究開発にかかる実費および人件費を含む。)を、書面によって別途合意されない限り、全て負担しなければならない。

終わりに

 今回は、事業連携指針を踏まえつつ、スタートアップとのオープンイノベーションにおける共同研究開発契約における残りの留意点についてご紹介しました。次回は、スタートアップとのオープンイノベーションにおける事業化段階における留意点をご紹介いたします。

 ご質問やご意見などあれば、下記欄に記載したTwitterFacebookのいずれかよりお気軽にご連絡ください。また、本連載の理解を助ける書籍として、拙著『オープンイノベーションの知財・法務』、スタートアップの皆さまは、拙著『スタートアップの知財戦略』もご活用ください。

⇒前回(第5回)はこちら
⇒次回(第7回)はこちら
⇒連載「スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜」バックナンバー

筆者プロフィール

山本 飛翔(やまもと つばさ)

【略歴】

2014年 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了
2016年 中村合同特許法律事務所入所
2019年 特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」WG(2020年より事務局筆頭弁護士)(現任)/神奈川県アクセラレーションプログラム「KSAP」メンター(現任)
2020年 「スタートアップの知財戦略」出版(単著)/特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞受賞

/経済産業省「大学と研究開発型ベンチャーの連携促進のための手引き」アドバイザー/スタートアップ支援協会顧問就任(現任)/愛知県オープンイノベーションアクセラレーションプログラム講師
2021年 ストックマーク株式会社社外監査役就任(現任)

【主な著書・論文】

「スタートアップ企業との協業における契約交渉」(レクシスネクシス・ジャパン、2018年)
『スタートアップの知財戦略』(単著)(勁草書房、2020年)

「オープンイノベーション契約の実務ポイント(前・後編)」(中央経済社、2020年)
「公取委・経産省公表の『指針』を踏まえたスタートアップとの事業連携における各種契約上の留意事項」(中央経済社、2021年)


ご質問やご意見などございましたら、以下のいずれかよりお気軽にご連絡ください。

TwitterFacebook

スタートアップの皆さまは拙著『スタートアップの知財戦略』もぜひご参考にしてみてください。


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

前のページへ |       
ページトップに戻る