「学習用データセット」は共同研究開発の成果物に入りますか?:スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(6)(2/3 ページ)
本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第6回は前回に引き続き、共同研究開発契約をテーマに留意点を解説していく。
技術のコンタミネーションを防ぐ
「スタートアップとの事業連携に関する指針」(以下、事業連携指針)でも示されている「優越的地位の濫(らん)用」(独占禁止法第2条第9項第5号)に抵触しないようにするためには、共同研究開発における双方の貢献度を検討できるようにしておく必要があります。
ところが、共同研究開発前にどちらの企業がどういう知見を有していたかが不明確だと(技術のコンタミネーション)、貢献度が不明確となりかねません。実際に、成果物に関する知的財産権の帰属について、争議が生じるケースも少なからず存在します。
このような争いを未然に防止するべく、共同研究開発前に保有していた知見をバックグラウンド情報として定める必要があります。参考資料として、モデル契約書(新素材)の該当箇所を見てみましょう。
第2条 本契約において使用される用語の定義は次のとおりとする。
(1)バックグラウンド情報
本契約締結日に各当事者が所有しており、本契約締結後30日以内に、当該当事者が他の当事者に対して書面で、その概要が特定された、本研究に関連して当該当事者が必要とみなす知見、データおよびノウハウ等の技術情報を意味する。
「マイルストーン払い」の仕組みづくりを
これまでの連載で繰り返し触れてきたことではありますが、スタートアップはVC(ベンチャーキャピタル)などの投資家から、短期間の間に資金調達を繰り返す必要があります。各資金調達の合間に食いつなぐために、段階的に資金が得られる仕組みづくりを行うことが望ましいでしょう。
例えば、創薬の分野で採用されているようなマイルストーン払い方式の採用が考えられます。実際に、東京大学発ベンチャーで上場を果たしたペプチドリームはこうした仕組みを構築して成長の原動力にしました。契約段階から「契約一時金」などを受領することで、創薬開発の初期から売り上げを生み出し、さらに順調に研究が進むと「創薬開発権利金」や「目標達成報奨金」が入り、最終的に薬が上市されればその売上金額の一定料率を「売上ロイヤルティー」として受け取るというものです。
ちなみにマイルストーン払いは、事業連携指針が指摘する優越的地位の濫用を防ぐという意味においても重要です。同指針には「契約締結時に報酬の具体的な額を定められない場合においても、例えば報酬の下限額を定めておくなどして、最低限の報酬額を設定しておくことも有用である。保有資金が少ないスタートアップに対しては、研究成果が出てから事業化に至るまでに、事業会社の事業の進捗に応じて、スタートアップに対して段階的に対価を支払うといったマイルストーン方式での支払いをする等の配慮が必要」(事業連携指針、30頁より)と記載されています。事案によっては、マイルストーン払いが有効に活用され得るものと考えられるでしょう。モデル契約書(共同研究開発契約10条)では以下のような文言が紹介されています。
第10条 本研究が所期の目的を達成した時は、乙は、甲に対し、下記の定めに従って研究成果に対する対価を支払うものとする。
記
(1)本製品が別紙●●所定の性能を達成した時:●円
(2)本製品を用いたヘッドライトの試作品が完成した時点:
甲乙別途協議した金額(ただし、●円を下回らないものとする。)
(3)本研究の成果を利用した商品の販売が開始した時点:
甲乙別途協議した金額(ただし、●円を下回らないものとする。)
タイムテーブル設定時には撤退基準の設定に留意
前述の理由から、スタートアップは資金力に限りがあるため、一定の期間内に成果を出さなければなりません。共同研究開発においても、スタートアップのスピード感と平仄(ひょうそく)を合わせるべく、契約締結後、タイムテーブルを定めることが考えられます。モデル契約書(共同研究開発契約4条)も参照してみましょう。
第4条 甲および乙は、本契約締結後速やかに、前条に定める役割分担に従い、本研究テーマに関する自らのスケジュールをそれぞれ作成し、両社協議の上これを決定する。
2 甲および乙は、前項のスケジュールに従い開発を進めるものとし、進捗状況を逐次相互に報告する。また担当する業務について遅延するおそれが生じた場合は、速やかに他の当事者に報告し対応策を協議し、必要なときは計画の変更を行うものとする。
なお、これに加えて撤退基準を定める必要もあります。ただ気を付けておきたいのが、共同研究開発はすぐに黒字化するような事業につながらない場合も多い、ということです。撤退基準において安易に短期間での成果を求めるべきではないでしょう。
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