WIN-WINなPoC実現に必要な契約の仕方:スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(4)(3/3 ページ)
本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第4回はPoC契約において意識すべきポイントを解説したい。
「秘密情報」に当たらないデータの扱い
先ほども言及しましたが、AI研究開発などのPoCではデータのやりとりが生じる可能性があります。公知の情報を組み合わせて作成したが第三者に公開されると困るデータは、一般的な「秘密情報」の定義に当てはまらず、守秘義務が課されないおそれがあります。このため、秘密情報とは異なる配慮が必要です。秘密情報にかかる守秘義務に関する条項とは別に、条項を用意することが望ましいでしょう。
モデル契約書のPoC契約(AI編)第8条は以下のように定めています。
第8条 甲は、対象データを、善良な管理者の注意をもって管理、保管し、乙の事前の書面等による承諾を得ずに、第三者に開示、提供または漏えいしてはならない。
2 甲は、対象データについて、事前に乙から書面等による承諾を得ずに、本検証遂行の目的以外の目的で使用、複製および改変してはならず、本検証遂行の目的に合理的に必要となる範囲でのみ、使用、複製および改変できる。
3 甲は、対象データを、本検証遂行のために知る必要のある自己の役員および従業員に限り開示等するものとし、この場合、本条に基づき甲が負担する義務と同等の義務を、開示等を受けた当該役員および従業員に退職後も含め課さなければならない。
4 甲は、対象データのうち、法令の定めに基づき開示等すべき情報を、可能な限り事前に乙に通知した上で、当該法令の定めに基づく開示先に対し開示等することができる。
5 本検証の完了後、乙が甲に対し、第6条に基づき、共同研究開発契約を締結しない旨を通知した場合または乙の指示があった場合、甲は、乙の指示に従って、対象データ(複製物および同一性を有する改変物を含む。)が記録された媒体を破棄もしくは乙に返還し、かつ、甲が管理する一切の電磁的記録媒体から削除する。なお、乙は甲に対し、対象データの破棄または削除について証明する文書の提出を求めることができる。
6 甲は、本契約に別段の定めがある場合を除き、乙による対象データの提供は、乙の知的財産権を譲渡、移転、利用許諾するものでないことを確認する。
7 本条の規定は、前項を除き、本契約が終了した日より3年間有効に存続する。
品質保証をあえて明記しない手も
事業連携指針ではスタートアップに対して優位的な立場にある事業者が、正当な理由なく、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなる行為を、優越的地位の濫用になりかねないと指摘しています※4。
※4:事業連携指針においては、スタートアップから購入した商品、または提供された役務に瑕疵がある場合、発注内容と異なる商品が納入され又は役務が提供された場合が、スタートアップ側の責めに帰すべき事由がある場合として例示されている。
この点と関連して、スタートアップ側は品質などについての保証の有無※5についても明記の必要性があります。相手方事業者が「一定水準の品質でなければ納品と認めず、対価は支払わない」と主張するリスクを避けるためです。
そもそもPoCは共同研究開発への移行を判断するものであり、基本的にはPoC段階で何らかの成果物創出を目的としているわけではありません。このため品質は必ずしも保証されるものではないと明記するのも手です。
特に、AI分野の場合、インプットするデータの品質次第でアウトプットの品質が変化します。主に開発を担当する当事者のみが一定の品質や性能を保証することは容易ではありません。そのためモデル契約書のPoC契約(AI編)第5条では以下のように定めています。
第5条 甲は、善良なる管理者の注意をもって本検証を遂行する義務を負う。
ただし、前条の委託料の支払を受けるまでは、甲は本検証に着手する義務およびこれによる責めを負わない。
2 甲は、本検証に基づく何らかの成果の達成や特定の結果等を保証するものではない。
おわりに
今回は、事業連携指針を踏まえつつ、スタートアップとのオープンイノベーションで行うPoCにおける留意点の残りのポイントについてご紹介しました。次回は、スタートアップとのオープンイノベーションにおける共同研究開発の留意点をご紹介いたします。
ご質問やご意見などあれば、下記欄に記載したTwitter、Facebookのいずれかよりお気軽にご連絡ください。また、本連載の理解を助ける書籍として、拙著『オープンイノベーションの知財・法務』、スタートアップの皆さまは、拙著『スタートアップの知財戦略』もご活用ください。
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筆者プロフィール
山本 飛翔(やまもと つばさ)
【略歴】
2014年 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了
2016年 中村合同特許法律事務所入所
2019年 特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」WG(2020年より事務局筆頭弁護士)(現任)/神奈川県アクセラレーションプログラム「KSAP」メンター(現任)
2020年 「スタートアップの知財戦略」出版(単著)/特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞受賞
/経済産業省「大学と研究開発型ベンチャーの連携促進のための手引き」アドバイザー/スタートアップ支援協会顧問就任(現任)/愛知県オープンイノベーションアクセラレーションプログラム講師
2021年 ストックマーク株式会社社外監査役就任(現任)
【主な著書・論文】
「スタートアップ企業との協業における契約交渉」(レクシスネクシス・ジャパン、2018年)
『スタートアップの知財戦略』(単著)(勁草書房、2020年)
「オープンイノベーション契約の実務ポイント(前・後編)」(中央経済社、2020年)
「公取委・経産省公表の『指針』を踏まえたスタートアップとの事業連携における各種契約上の留意事項」(中央経済社、2021年)
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